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木育空間で五感を刺激

花巻おもちゃ美術館 館長  平野 裕幸 さん(49)

 2017年2月、花巻市で奇跡の復活を遂げたマルカンビル大食堂。かつての賑わいを取り戻すかのように2020年7月20日、同ビル2階に花巻おもちゃ美術館がオープンしました。一瞬で木のいい香りに包まれる館内は、まるで自然の中にいるような心地よさ。たくさんのおもちゃコーナーにわくわくと期待も膨らみます。

木育の重要性とおもちゃの魅力

 館長を勤めるのは京都府出身の平野裕幸さん。子どもの頃の遊びを聞くと「レゴブロックでずっと遊んでいましたね。それが今の物作りに生かされていると思います」とのこと。小・中・高と京都の学校に通い、その後岩手大学農学部の研究室で食品工学を学びます。卒業後、仙台のベンチャー企業に就職するも入社して3年で倒産。その時すでに家庭を持っていたため、奥様の実家である岩手に居住を置き、建築を学ぶべく28歳の時、産業技術短期大学校に通い資格を取得します。

 その後は県産材需要拡大の事業に携わり、県内の製材工場をまわっていたそうです。「最初は知らないことばかりで、でもだんだんと木の種類もわかってきて製材工場の職人さんと親しくなりました」。仕事のおもしろさを感じるようになったそんなある時、東京おもちゃ美術館の情報を得て足を運んだ平野さんは、実際に体感して衝撃を受けます。

「木の空間さえ作れば木育だと思っていたんですよ。でもそこではそれぞれのおもちゃの遊び方があって、それを指導してくれる人がいることにびっくりして。ひとつのおもちゃで10通りの遊び方ができるのを目の当たりにして、絶対に岩手に作りたいと思いましたね」

 木育イベントの事業も経験していた平野さんは改めて木育の大切さ、おもちゃの魅力を認識しました。

小友さんとの出会いで夢の実現

 17年ほど経った頃、知人から「どうしても会ってほしい人がいる」と居酒屋の席で顔を合わせたのが、現会社代表の小友康広さん。平野さんより一回り若い社長に驚いたとか。小友さんのマルカンビル大食堂再建という話に「すごい人だな、この人には勝てないな」とそのチャレンジ精神に惹かれたそうです。その後勤めていた会社を退職し、一緒に仕事がしたい一心で小友さんに連絡を取り、46歳で小友木材店に入社します。

 一方、東京と沖縄のおもちゃ美術館の視察に行っていた小友さん。魅力を届けようと、ビルの1階で2日間限定の移動おもちゃ美術館を開催します。2日間で1000人のお客さんが訪れたことに成功の確信を持ち、2階に建てることを検討。その話を聞き、同じ思いを抱いていた平野さんは、即座に館長に立候補。これまでの人脈を生かし腕のいい大工さんを集め、設営作業を開始しました。

東京おもちゃ美術館に認定された100種類以上の「グッド・トイ」も自由に遊べる

「空間を自然に見せることがとても難しかった。釘一本見せない技術ですね。どうやったらうまくいくか毎日大工さんと考えるのが楽しくて、完成間際にもう仲間と一緒に仕事ができないと思うと残念で。ずっとこの作業が続いて欲しいと思うくらい楽しかった」と平野さんは言います。

木に触れ、木を学び、木と生きる

 全国で5館目となる当館の館内には岩手産の広葉樹30種類以上を使用。宮沢賢治が愛した岩手の自然の森を再現した体験型ミュージアムです。「サクラ、クリ、ケヤキなどいろいろな種類の木を使っているのがこだわりです。最近では車屋のキッズルームのモデル展示場としても注目されていますよ」と平野さん。マルカンビル大食堂のメニューを再現できるキッチンコーナーや、わんこそばをモチーフとしたオセロなど岩手ならではのおもちゃで遊べたり、虫探しや野菜の収穫体験も。遊び方がわからない時は、おもちゃ学芸員が教えてくれます。

約1万個ある木のたまごの温泉「秘湯のもり」では木の温もりを存分に楽しめる

「家族みんなで遊んだ後、ソフトクリームを食べて帰るという思い出を作ってほしいですね」と平野さん。今後の抱負を聞くと「県内にサテライトおもちゃ美術館を作りたいです。オリジナルのおもちゃをたくさん作りたいし、木を好きな大人がどんどん増えていって子どもたちに木の良さが伝わっていけばいい」。木育と多世代交流でより良い街づくりに励む平野さんの挑戦はまだまだ続きます。


花巻おもちゃ美術館 館長 平野 裕幸 さん(49)

1971年3月6日生まれ。京都府出身。花巻おもちゃ美術館 館長。

東京おもちゃ美術館総合監修のもと、「世界で一番、『カッコいい』木材店を目指す」株式会社小友木材店が設立・運営をしている。
おもちゃ美術館は現在、東京、沖縄、山口、秋田にあり岩手で5館目となる

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