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中国故言の叡智 ①「地球は青かった」

もう半世紀以上も経った昔のこととなってしまった。と言ったら何て古くさい。
古い古いと頭ごなしに嘲笑されてしまうであろう。それは、一九五七年十月のことである。
人類未踏の偉業とされる人工衛星スプートニク号が旧ソ連によって打ち上げられた。
それ自体は、今日さほど話題にならない当時の米ソ宇宙探査競争の一頁に過ぎない。
だが、それとは別に、搭乗した宇宙飛行士ガガーリンが発した、「地球は青かった!」と発した一言は、
全世界の人々がこぞって歓喜し沸き立ったものである。
「人の噂も七十五日」今日では昔話としても忘却され、世間話にも耳にすることもなくなってしまった。
ところが昔も昔、大昔のこと、宇宙から地球を振り返って、直接目視したわけでもないのに、
ガガーリンと同じことを言っている人が居るのだから、これまた大変な驚きである。
それはBC(紀元前)の中国古代文献『荘子』、その冒頭部にはっきりと述べられている。
簡略に本文を示すと、「天ノ蒼蒼タル、其ノ正色力。………其ノ下ヲ視ルヤ、亦是ノ若クナランノミ。」とある。
大意は「天が青々としているのは本來の色なのだろうか。
そうなのだ、天から下の地上を見下せばやはり青く見えるのだ。」と推測しているのである。
以上の本文は、別な「野馬ヤ、塵埃ヤ、生物ノ息ヲ以テ相吹クナリ。」の文節に接続している文章であることを念頭にして読解すると、
天(宇宙空間)や大気圏には、「野馬」(かげろう)や「塵埃」が舞い上がっているのは、
「生物」(造物主)の吹く息によってであるとも述べている。この文献の著者とされる荘周は、
天から地、地から天を視るに、「野馬」や「塵埃」を透して視るから「青く視える」という認識の持主か?と、
ただただ驚くほかない。ガガーリンは科学者ながら詩人のごとくただ嘆声の一言を発しただけである。
実に素晴らしいと称賛を惜しまない。それにしても、荘周はいうまでもなく、知識や科学と無縁にして、
自らの《認識》をなぜ持ち得ていたのかが不思議でならない。ただただ人間本性による《思考》の冴えがぎらつきせまってくる。
その《思考》とは、自然界の循環・醸造・培養・発芽によって咲いたかの花にも似た、
《文明の花》とでも喩えたい《叡智》という《花》なのだろうか。余談ながら、中国古典思想は思考・問題意識の骨格で構成されるのに対して、
日本の古典思想は情念型と対照されている。ところで荘周に見るだけでも、その思考スタイルは何とグローバルであろうかと感に堪えないでいる。
それに対して21世紀に入った世の中はどうであろうか?世はグローバリズムよろしく、世界化・国際化・世界経済・地球経済etc各分野にリスク難関だらけである。
少なくとも我々地球人たちが、その美しい地球を大切にするグローバル観だけは重く連帯したいものである。

文芸評論家 吉見正信

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