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中国故言の叡智 ②「機心ヲ恥ズ」

21世紀の今日は、言うまでもなく〈情報時代〉である。
〈情報〉とは〈知識〉ゆえに、それを役立てねば何の意味もない。一つの知識を得たら、
自らそれ以上のことに生かされなくてはであろう。
ただ知ってるだけのことを口に言い合っているだけでは、単なる知ったかぶりでしかなかろう。
世はインターネット時代で、どうもそんな傾向が目立ってかしましい。それがどうしたか?が問われなければ……。
孔子先生(中国戦国時代・紀元前五世紀頃の思想家)の高弟である子貢が遊学のために旅に出たときのことである。
その道すがら、せっせと畑に水を運んでいる老農に声をかけた。
「お爺さん、そんなに遠くから苦労して水を運んで大変ですね。
今は機械というものがあって、楽々と水汲みができるのですよ。
畑のそばにそれを作って楽しなさいましな!」と励ました。
「機械てどんなものかね?」
「は、それは〝跳ねつるべ〟といった仕掛けの機械で、とても便利なものです」
「なんだ、そんなものは師から聞いてとっくに知っているわい。
だがそんなものを頼ってばかりいると体力も衰え、精魂込めた自分の心を失ってしまうよ。そんな機心を恥じて使わんのだわい!」
子貢は老農の言葉に絶句・赤面してその場を逃げるようにして立ち去った。
ざっとそんなやりとりの場面だが、説話にしても、あんな大昔に〈機械〉と〈人間〉のかかわり方において、
人間の本性を尊んで「機心を恥ず」と喝破する一言は、何と鋭く凄い言葉・英知であろう。
21世紀の今、科学の驕りや過信によって、やれ核兵器や原発放射能漏れ、大気汚染・環境・自然破壊、
そして人命軽視・人間疎外etcの〈機心〉を恥じることばかりであろう。

文芸評論家 吉見正信

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