今年10月、雫石町の旧上長山小跡地に新工場が完成しました。当初は紺屋町での蔵の改修を考えていましたが、特殊な構造で図面もないことから請負業者も見つかりませんでした。さらに、工事が終わるまで2、3年は仕込みができなくなります。「そこで新工場という話が持ち上がりました。場所の候補には自然豊かで環境もよいと雫石の名前が上がり、検討を始めましたが、猿子町長にお力添えをいただくことで話が一気に具体化に向かいました」と貴和子さん。
11月7日にオープンを控えた新工場のこだわりは冷蔵・冷凍設備。例えば、火入れせずフレッシュさを閉じ込めた生原酒シリーズ「kikunotsukasa innocent」はマイナス5度帯というように、全てのお酒を最適な温度で管理できます。エアコンの導入で、通年醸造も可能になりました。クレーン、エアシューター、温度管理機能付サーマルタンク、タックラベラーなど機械化を進める一方で、南部杜氏の昔ながらの手仕事に特化した商品も残すなど、機械化とてづくりのミックスで作業の効率化と伝統維持・継続を図ります。 「IT企業での経験を生かし、社内ツールも変更しました。アプリで社内の状況を共有し、お客さまのために何ができるか自ら考え動けるようコミュニケーションの強化を図っています」IT企業では営業、納品、ネットワークの設定、配線工事、社員教育までほぼ全ての部署を経験した貴和子さん。その経験が、28歳という若さで老舗の酒蔵の取締役として果敢に踏ん張る底力につながっているのかも知れません。
「新生・菊の司」の始動から約一年半が経ち、県内のお客さまに加え県外、海外へと出荷量も増えています。「課税、輸送、温度管理など日本酒を海外に出すには課題もありますが、お酒に合う岩手のお魚やお野菜を一緒にコンテナで送るなど、岩手のものが繋がる海外のニーズにも応えていきたい」と貴和子さん。そのためにも「菊の司」を知っていただき、手に取っていただけるようまずは名前を広げていきたいと話します。
「家業から企業へ、今の時代に合わせて変化を伴いますが、皆さまに安心していただけるよう、自身の姿で見せていきたいです」と貴和子さん。「菊の司」の酒造りは「菊の司」の蔵人と共にこれからも続いていきます。「岩手で一番古い歴史を持つ蔵が、さまざまな歴史を経て頑張っていく姿を見ていただき、これまで以上にどのような形でも良いので、わたしたちにお声をいただけますと幸いです」と話します。お客さまと対話しながら歩んでいきたい、そんな「新生・菊の司」。これからの世代を、歴史を知るシニアだからこそ応援できるのではないでしょうか。