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喜ぶ姿が元気の源

「喜ぶ姿が元気の源」2022年度エイジレス章受賞 村上勲さん

2022年度 エイジレス章受賞 村上 勲さん(91)

長年の地域貢献でエイジレス章受章

 今年9月、奥州市水沢区の村上勲さんに内閣府から「エイジレス章」が授与されました。この章は、年齢にとらわれず自らの責任と能力において自由で生き生きとした生活を送る「エイジレス・ライフ」を実践している方に贈られるもので、今年度は全国で55名の方が受章しました。

 20年以上にわたり老人クラブ「花園寿光会」の会長を務める村上さんは、広報『寿いて光かがやく』の発行を一人で行い、老人クラブや地域の活動を紹介してきました。25年前に前任者から引き継ぎ、教員時代の学級通信と同じ感覚で作り始めたといいます。手書きの広報は300号を超え、広報作りは生活の一部になっているとか。「行事のたびに作るから、週に2回発行することもありますよ」と村上さん。高齢の方が読みやすいよう写真メインのレイアウトを心がけ、文字は大きく読みやすく工夫しているといいます。広報のほか老人クラブの活動を盛り上げる取り組み、町内会での清掃活動や空き家の剪定作業など長年の地域貢献が評価され受章につながりました。

母の言葉が人生の道標に

 シルクハットと蝶ネクタイがトレードマークの村上さんの特技はマジック。児童館や敬老会などで披露し、笑いと感動を届けています。「一本の紐だけで喜んでもらえるんだから、楽しいですよ」と笑顔を見せます。マジックのほか敬老会で使うさまざまな道具は「お金をかけず手作り」がモットー。回転ダーツは自転車のホイールと発泡スチロールのふたで、グラウンドゴルフのホールポストは鉄の棒を曲げて溶接し、スタートマットはベルトコンベアの廃材を利用し仲間と一緒に作りました。「人に喜ばれると自分も嬉しい」と村上さん。工業高校の機械科でものづくりを学び、中学校で社会と美術を教えた経験が活かされています。

 なぜ人を喜ばせることにこだわるのか、その理由をたずねると「母の言葉がずっと心にある」と村上さん。3歳で函館大火に遭い、火の粉で囲まれた市街地から母の機転で函館山に逃れ九死に一生を得ました。「熱い熱い」と海へ川へと逃げた人の多くが命を落としたことを、後に教わりました。「お前は一回死んだようなものだから世の中のために良いことをして生きなさい」という母の言葉が、村上さんの生き方の軸になっています。

「世の中のために」と村上さんがボランティア活動を始めたのは高校生の時でした。戦後、満洲、中国、シベリアから復員兵が続々と帰還する中、黒沢尻駅(現北上駅)で兵隊さんにお茶を提供したのが始まりです。高校を卒業し教員になった後も、自費で紙芝居を購入し地域まわりをするなど、ボランティア活動は今日まで続いています。人に喜んでもらうことが自分自身の健康法という村上さん。「今日こんなことやって喜んでくれたから、次はあれをやってみよう」と頭の中は常にアイデアで溢れています。「アイデアは出るけど実際には一人ではできっこないですよ」と村上さん。一緒に動いてくれる良い仲間がいるから楽しく活動ができ、その結果が「エイジレス章」につながったと話します。

 今後も、人に喜びを与えて自分も楽しくなることを続けていきたいと話す村上さん。老人クラブの活動も、メンバーの年齢や体力を考慮し、無理なくできるよう工夫する必要があるといいます。加齢と共に聞こえ方や歩行に不安が出てきたという村上さんですが、4kgのダンベルを握り筋トレをする姿は元気そのもの。「気まぐれで500回やることもある」というから驚きです。自分の育てた野菜で好きなおかずを作り、毎晩コップ一杯のお酒を楽しみ、自立した生活を送る村上さん。年齢を重ねながら誰かの喜びを自分の喜びとし、お互いに助け合い、支え合うことの大切さを実感しているといいます。

村上 勲さん

1931年、函館市生まれ。父の出征を機に両親の実家のある江刺市(現奥州市)に移住。黒沢尻工業高等学校卒業後、教員資格を取得し46年間中学校の教壇に立つ。高校時代からボランティア活動を始め、教員時代を経て現在まで継続。ものづくりが得意で、廃材を利用してなんでも手作りする。老人クラブ「花園寿光会」会長

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