金色に輝く草紅葉(くさもみじ)がまぶしい。高層湿原で名高い「千沼ヶ原」は、雫石町の西に位置する三角山(みかどやま)や笊森山(ざるもりやま)・烏帽子岳に囲まれた雲上の別天地だ。
長い間、マタギの間ではお田植え場と呼ばれていたそうだが、詳しくは分からなかったという。戦後になって千沼ヶ原の存在が話題となり、およそ70年前ころから紹介されはじめた。池塘(ちとう)を数えたところ900とか、それ以上とか、キリの良いところで「千沼ヶ原」と名付けられた。
アオモリトドマツに囲まれた湿原の規模は、東京ドーム10個分にあたる46ヘクタール。木道で保護した下の湿原と上の湿原に点在する大小さまざまな池塘が、流れる雲を鮮やかに映しだす。春は、雪解けとともに高山植物が時をせかして咲きほこる。そして秋、キンコウカが立ち枯れ、夏を惜しむように草紅葉の季節へと移る。今なれば空撮ドローンで簡単に俯瞰(ふかん)できる湿原も、近年までは、クマやカモシカが遊ぶ野生だけのエリアであった。
登り口は数カ所ある。最短の平ヶ倉(たいがくら)沼コースは、県道194号線沿いの8号待避所を出発し、長い急登と連続するヤセ尾根をしのいで3時間30分かかる。「倉」とは「崖」を指す言葉だが、高倉山・小高倉山・平ヶ倉山・三角山の四つの倉に囲まれた谷は深く、見下ろす者の魂を吸いこむ。崩落の谷底へカーテンを引くように落ちる波状の雨をみたけれど、それはもう恐ろしいほど美しい光景であった。
滝の上(たきのうえ)温泉コースは、白沼と烏帽子岳を経由して千沼ヶ原まで4時間30分の行程。秋田駒ヶ岳から湯森山・笊森山を縦走すると、圧巻のロングランコースになる。 「沼にサンショウウオがたくさんいます」と聞き、まさか~と思いつつも池塘をのぞく。なんのことはない、まっ黒なアカハライモリが数匹、気怠そうに浮いていた。