● 強い責任感で家族を支える
根強い人気で全国にもファンが多い「柳家のキムチ納豆ラーメン」。他にはないこの味を守り続けるのは、柳家、初代店主で食の大信田和一(わいち)さん。今も厨房に立ち豪快な声でお客さんを出迎えます。
大信田さんは、花巻市大迫町の出身。母親が小料理屋「柳家」を営んでいましたが高校2年生の時、過労で母親が倒れてしまいます。4人きょうだいの長男で責任感が強かった大信田さんは、家族を支えるため高校を中退、柳家を継ぐため盛岡の仕出し屋に修行に出ることに。「家族を守れるのは自分しかいない」と朝早くから夜遅くまで休みなく働き、挫けそうな日もありましたが賄いで食べた納豆汁が疲れた体を癒してくれたと言います。「北国では最高のおもてなしで、こんなにおいしいなんてと感動した。あのときの味は忘れられない」と大信田さん。
過酷な修行を積み7年後、両親が亡くなったのを機に大迫町へ帰郷。「柳家」を継ぎ、店を切り盛りします。生蕎麦やラーメンを出していましたが修行時代に鍛えた料理の腕は評判で、学校や役場から出前や仕出しを頼まれることも多かったとか。地元の人に支えてもらい親しまれるようになった柳家。みんなにも思い出の味である納豆汁を食べてもらいたいと納豆を擦っていたとき、ラーメンと掛け合わせることを聞きます。後の柳家名物「キムチ納豆ラーメン」の原型となる「納豆ラーメン」ができあがります。
●柳家名物キムチ納豆ラーメンの誕生
大迫町の柳家を、いつも賑わう人気店にまで成長させた大信田さんでしたが、修行時代を過ごした盛岡の大通で店を出したいという気持ちがずっと残っていました。「短い人生でどうやって家族を養っていくか考えていた。当時の大通は活気に溢れ商売人が憧れる場所だった、今よりも集客が見込める大通で商売したい」と、さわや書店がビルに建て替えられる時に入店を申し込みます。しかし飲食店用の設備がなかったのを理由に何度か断られ、その上1階と2階は既に店舗が決まっていました。「2階以上の飲食店は儲からない」、「せっかく大迫町に戻って、ここまで店を大きくしたのに」と周囲は猛反対。苦悩しますが、長年の思いを捨てることができず自分で設備を整えてでも店を出したいと、さわや書店3階へ入店を決意。「莫大な費用が要るが、大迫町で自慢の生蕎麦をみんなにおいしいと食べてもらい自信があった。このビルで一番の店になってやる」と覚悟を決め、10年間地元で愛された店を閉じ大迫町を離れます。
期待に溢れるオープン初日。開店前に大迫町でお世話になった町長が顔を出してくれます。しかし、一週間ほど設備の調整が遅れ、もてなすことができず「頑張れ」と一言伝え帰っていったそう。朝早く大迫町を出て、自分を励ましにわざわざ来てくれたんだとありがたく感じ、嬉しくて今も忘れられないと言います。
開店して数年、大迫名物の生蕎麦を振る舞ってきましたが、客足が伸び悩むように。「自宅を手離し大通での実績もない。お金も借りられず、いつ倒れてもおかしくないと思った。けれど子どもはまだ小さく、帰れる場所もない自分に後戻りはできなかった」と振り返ります。幼いころから母親が働いている姿を見ていた大信田さん。家族に苦労させたくない、辛かった修行時代に比べたらなんてことないと自らを奮い立たせます。徐々に軌道に乗り始め、生蕎麦よりも味噌ラーメンやタンメンの注文が多くなり、次第にラーメンメニューが中心に。そこには思い出深い納豆ラーメンもありました。
ある日、女将さんが賄いで納豆ラーメンを食べていたとき、自家製キムチを何気なく入れてみたところ予想以上に相性抜群。もっとおいしくなるのでは、と卵もトッピング。商品化しようとさらに試行錯誤し、おなじみの「キムチ納豆ラーメン」が完成します。見た目の強さと意外なおいしさから早速メニューに追加。おいしいと口コミが広がり、足を運ぶ人も増えていくように。今では県民食と言われるほど長く愛される存在になりました。
●お客さんのために自分にできること
最初は誰も賛成してくれなかった大通への進出。「大迫町から出てきた時、自分には何もなかった。そんな自分の財産は人。相手に喜んでもらうため、自分にできることはなんだと今でも自身に問いかけている」と大信田さん。どんなに辛いときも、周りの助けがあって苦難を乗り越えられた。何度も人の温かさを感じたからこそ、相手のために何ができるか真剣に向き合います。その姿勢は息子で現社長の和彦さんにも受け継がれ、お客さんに安心安全を届けたいと自家製麺の小麦を自分たちで栽培。自家製小麦粉に、大信田和さんの愛称「わっこ」から「○っこ(わっこ)」と命名、父への尊敬の気持ちが込められています。
毎朝5時のジョギングを欠かさない大信田さん。「どうしたらお客さんを飽きさせず、店に来てもらえるか」といつも新メニューを考えて走っているそう。お客さんに向き合いながら走り続けるその足は止まることなく進み続けます。