大島高任と緒方洪庵

大島高任と緒方洪庵

岩手の先人こぼれ話
岩手の先人こぼれ話シリーズ

宮沢賢治学会 前副代表理事 佐藤竜一さん

 岩手県釜石市は鉄の街として知られており、2015年に橋野高炉跡と関連施設がユネスコの世界文化遺産に指定された結果、多くの観光客が訪れるようになりました。

 盛岡藩の大島高任(おおしまたかとう)は幕末期に釜石で大橋鉄鉱山や橋野鉄鉱山の建設に着手しました。そうしたいしずえがあって、明治時代に官営釜石製鉄所が置かれ、釜石が発展することになったのです。

 1826(文政九)年盛岡藩で医師をしていた家に生まれた高任は幼い頃から学問に優れ、17歳で江戸に出て、蘭学を学びました。その後、長崎に行き、砲術や兵学を学んでいます。鉱石から金属をとりだす精錬(せいれん)の知識はこの時期に学んだようです。

 向学心が強い高任は大阪に出て、緒方洪庵(おがたこうあん)の元でも学んでいます。医師・蘭学者である洪庵が開いた適塾(てきじゅく)からは、福沢諭吉(ふくざわゆきち)(中津藩)や大村益次郎(おおむらますじろう)(長州藩)といった人物が輩出しており、全国から集う俊秀(しゅんしゅう)たちと共に高任は学問に磨きをかけたのです。

 適塾は江戸時代の建物がほぼそのままの形で残っていて、現在は大阪大学が管理しています。 

大島高任が学んだ適塾跡 (現大阪大学適塾記念センター)
大島高任が学んだ適塾跡 (現大阪大学適塾記念センター)

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