岩手県出身でただ一人の横綱 宮城山 福松

岩手県出身でただ一人の横綱 宮城山 福松

岩手の先人こぼれ話
岩手の先人こぼれ話シリーズ

宮沢賢治学会 前副代表理事 佐藤竜一さん

 現在、大相撲では盛岡市出身の錦木(にしきぎ)が関取(せきとり)として活躍中ですが、岩手県からは横綱も1人輩出しています。その人は一関市山目(やまめ)出身の第29代横綱の宮城山福松(みやぎやまふくまつ)。宮城山の本名は佐藤福松といい、1895(明治28)年2月27日に生まれました。

 宮城山は16歳で出羽海(でわのうみ)部屋に入門、同年の六月場所で初土俵を踏み、しこ名を「岩手川」と名乗りました。三段目まで上がったところで病気のため休養、1913(大正2)年5月、大坂相撲(江戸時代から大正時代まで存在した相撲の興行組織)の高田川の弟子となり、「宮城山」と改名し幕下から再スタートしました。

 1922(大正11)年夏場所で第29代横綱となったとき、宮城山は27歳。1931(昭和6)年に36歳で引退するまで、5回の優勝を果たしています。相撲甚句(すもうじんく)や安来節(やすきぶし)をレコードに吹き込むなど、多趣味な人だったようです。昭和18(1943)年11月19日、48歳という若さで亡くなりました。

 江戸時代から相撲興業が行われていた、富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)にある「横綱力士碑」には宮城山福松の名前も刻まれています。

横綱力士碑(富岡八幡宮)
横綱力士碑(富岡八幡宮)

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