● 木のぬくもりを伝えたい
生活の基盤となる家や日常で使う家具など、私たちは木の暖かさを身近に感じながら生活してきました。そんな木が持つ温もりを小さい頃から触れてほしいと木のおもちゃ作りを20年近く続けているのが木のおもちゃ工房さんりんしゃの井上靖宏さんです。
井上さんは滝沢市で農業を営む両親のもとに長男として生まれました。兼業農家で父親は大工仕事もしており、よく手伝いをしていたと言います。「柱を組み立てるための穴を開けたり、ほぞ(接合するための突起部分)を切り出す手伝いをしていて、その時に父から木の性質や扱い方など基本を教わりました」と技術と知識を身につけた井上さん。自然ともの作りが好きになっていきました。
その後、農業高校に進学しますが農業だけではやっていけないからと滝沢村役場へ入庁。「最初は牛に関わる業務に携わり、国土調査や防災、福祉、特に農業関係の仕事を長くしました。急に業種が違う課への異動はよくあり、前任者や先輩から教わりながら業務をこなすのは大変でした」と役場時代を振り返ります。
● おもちゃ作りをスタート
大人になるにつれ、行う機会が減っていった木工作業でしたが、ある時おもちゃ作りを始めるきっかけが訪れます。「息子の進学先の仙台に行き、たまたま寄った百貨店で子ども用の木馬が数万円で売られているのを見かけ、これなら自分で作れると思いました。帰ってから早速作り始め、足のカーブなど難しいところもありましたがほぼ同じものが作れました」と身についた技術で完成度の高い木馬を作成。その出来栄えを見た知人たちから“作って欲しい”と依頼されるようになり、子ども用の椅子や手押し車、輪投げのおもちゃなどを作りました。子どもたちが喜んで遊んでいると聞くと嬉しくなり、次々にリクエストに応えていったそう。
ここから井上さんが作るおもちゃのクオリティは上がっていき、売ってみたらと勧められるようにまで。「本当に売れるか半信半疑でフリーマーケットに出品してみたら買ってくれる人がいて驚きました」と欲しいと思ってくれる人がいることを知り、本格的に活動するため奥様の順子さんと工房の立ち上げを決意。そのとき製作していた小さい木の三輪車を見て「木のおもちゃ工房さんりんしゃ」と名付けました。
● 木のおもちゃへのこだわり
工房を立ち上げてからは子どもたちがより安全に遊べるものを作ろうと心掛けているとか。「赤ちゃんが舐めても大丈夫な塗料を探し、ようやく見つけた米油で作られた自然塗料を使っています。ほかにも木の材質や設計で大人が乗っても壊れないくらいの強度になるよう考えたり。孫が遊ぶ姿を見て、こうしたらもっと良くなるとか、けがをしないかなどチェックしています」とこだわりを話す顔に笑顔が溢れます。
「孫のために買っていく人が多いのですが、最近では遠くから保育園の園長先生が見学に来て、ままごとセットの注文をもらいました。一つ一つパーツを作り、組み合わせてポットや鍋を作るので手間と時間がすごくかかるけど、喜んでもらえると嬉しくて、楽しくなってきてまた新しいおもちゃを作ってしまいます」と微笑む井上さん。どんな大変な作業でも喜ぶ顔が見たいからと妥協せず、こだわりを持って意欲を燃やす姿勢は熟練の大工職人だった父から受け継がれた魂が根付いているからかもしれません。