チャグチャグと響け

チャグチャグと響け

インタビュー
農用馬生産者 大坪 昇さん
農用馬生産者
大坪 昇さん
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● 趣味と健康のために農用馬を育てる

 チャグチャグと鈴の音を響かせ、鬼越蒼前神社から盛岡八幡宮までの約14kmを練り歩く、初夏の風物詩「チャグチャグ馬コ」。滝沢市で農用馬を飼育する大坪昇さんは、3年ぶりの開催を目前に慌ただしい日々を過ごしています。

「昔はどこの家にも農用馬が1、2頭いたものです」と大坪さん。兼業農家の四男に生まれ、馬と触れ合いながら育ちました。板金業、ホテル業など事業経営をするなかで、自分の時間を「趣味と健康のために」使いたいと、40年以上前に馬を飼い始めました。

「競走馬は気性が荒いけど、農用馬は大人しくて育てやすいね」と最初に飼ったのは、小さい頃から慣れ親しんだ農用馬。「1日3回餌をあげたり、運動のため外に出して歩かせたりしないといけないので朝6時から夕方6時半まで一日中世話をしています」と言葉は通じなくても、毎日同じ時間に給餌や手入れをすることで、馬への愛情は伝わると言います。

● 生産頭数150頭「馬事文化賞」受賞

 馬を飼っている人に話を聞いたり、熱心に馬の生態や世話のやり方を学んでいった大坪さん。「馬の出産は命がけで、特に注意しています。目を離した一瞬の隙に母馬と子馬の命が危険なことになってしまうこともあります」と命がけの出産を支えるため厩舎に寝泊まりし、1〜2時間おきに馬の様子をチェックします。大坪さんの甲斐甲斐しいサポートのおかげで40年以上、母馬と子馬ともに無事に出産を迎えることができ、これまでの生産頭数は155頭。農用馬の生産頭数が150頭に到達したのは、岩手県では大坪さんただ一人で、その実績が高く評価され、「‌2020 IWATE KEIBA AWARDS」で「馬事文化賞」を受賞しました。「真面目に頑張ってきた甲斐があるね」と嬉しそうに話します。現在、母馬6頭と昨年生まれた子馬4頭を飼育しており、毎年3月から6月中旬までが出産シーズン。「今夜か明日には、もう1頭生まれますよ」と、愛馬を優しくなでる大坪さん、愛情の深さが伝わってきます。

 農用馬の寿命は25年ほど。子馬を産める期間が過ぎると食肉用に売却されるケースが多いそう。「うちは最後までここで面倒を見ます」とその命が尽きるまで変わらぬ愛情を注ぎ続けます。

● チャグチャグ馬コを絶やしたくない

 農用馬を飼育する農家は、滝沢市内で約10軒。年々、数が減少し、最盛期には約100頭が参加した「チャグチャグ馬コ」も、今年は50頭以下になる見込みです。「チャグチャグ馬コは、他では見られない岩手にとって大事なお祭りです」と大坪さん。他県から馬を借りて参加する方も多いなか、自分の育てた馬と自前の装束で祭りに臨む大坪さんは馬や装束の手入れなど、祭りの5日前から本格的な準備を始めます。シャンプーだけでも、1頭で約2時間かかり、加えて、爪切りやブラッシングなど、重労働ばかり。「手間もかかるし大変だけど、馬がいなければお祭りはできないからね」。馬の背に乗り、喜ぶ子どもたちの笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶといいます。200年以上続く伝統を守るため、「チャグチャグ馬コ保存会」が中心となり、馬の飼養頭数を増やす活動も動き出しました。

 今年は開催予定の「チャグチャグ馬コ」。「2年遅れで、ようやく40回だね」と参加回数40回の節目を迎え、4頭の愛馬と共に臨みます。一年に一度の晴れ舞台、休むことなく世話を続ける飼い主と祭りを支える関係者、そして約80kgもの装束を纏い炎天下を歩く馬たち。3年ぶりとなる今年の「チャグチャグ馬コ」は、特別な思いがこみ上げるのではないでしょうか。「次は94歳で50回参加を目指したい」と大坪さん。これからも愛馬と共にチャグチャグの音を響かせていくでしょう。

岩手県に生息する虫の記録をまとめて県立博物館に寄贈する予定
岩手県に生息する虫の記録をまとめて県立博物館に寄贈する予定

プロフィール

1937年生まれ、滝沢市出身。25歳で起業し、板金業、ホテル業の経営を経て、現在は農用馬の生産に専念。スポーツから民謡まで、何にでも熱中する性格。岩手県民大会の棒高跳び競技で、2年連続優勝の経験をもつ

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