【謎学探訪2】「三眼二枚歯一本脚」の化物譚

【謎学探訪2】「三眼二枚歯一本脚」の化物譚

風のうわさ
風のうわさ イワテ奇談漂流

高橋政彦さん

 今回も遠野郷の説話を題材にした、謎学探訪の実践編の続きである。

 遠野の昔話研究家・佐々木喜善は、採話で協力した「遠野物語」シリーズの後、さらに蒐集(しゅうしゅう)した昔話を数冊の著書としてまとめ、世に出している。その一つ『老媼夜譚(ろうおうやだん)』に「三眼一本脚の化物」と題された昔話がある。

 「種戸峠に三眼、二枚歯、一本脚の大入道が出て通る人々を脅かしていた。ある日、一人の盲目のお坊さんがここを通ると化物が躍り出て脅かす。だがその形相が見えない盲人は驚かない。逆に俺こそが三本脚にマナグ無しの天下の坊様だ、邪魔するなと怒鳴ったので化物は怖れて山深く退散した」

 峠筋に出るという異形の化物を、盲目のお坊さんは見えないことを逆手に取って、怖れることなく怒鳴って退散させるという話である。

 ところで、この三眼・二枚歯・一本脚の化物の正体とはいったい何なのだろうか。シヴァ神には第三の目があり、全世界を照らしていると意味されている。「第三の目」の概念は超越した存在、霊的な存在、悟りを象徴だという。透視や千里眼、予知能力にも通ずるというから、「俺は三眼だぞ」は立派な脅し文句だったのだ。それにしても三眼だけでなく、二枚歯であり、一本脚なのだぞ!と駄目押しして脅して来るかのような異形度合いは、顔が猿、胴体が狸、手足が虎で、尾は蛇という鵺(ぬえ)なる妖怪を連想させる。人間が闇の多い暮らしや、大自然に接しながら生きていた時代だったからこそ、畏怖や畏敬の念がとんでもない風体の魑魅魍魎(ちみもうりょう)や妖怪変化の類いを生み育てたのだろう。

 と、ここまで書いたところに、未読だった喜善さんの『聴耳草紙(ききみみぞうし)』がネットショップから届いた。一通りザッと目を通し、「履物の化物」と題された奇談を読んで驚いた。

 履物を粗末にする家に、夜ごと「カラリン、コロリン、カンコロリン、まなぐ三まなぐ三ツに歯二ん枚」と歌う「履物の化物」が出るという。二本歯の履物といえば下駄の化物であろう。

 ちなみに、この話、昭和5年4月に蒐集されたと覚え書きがある。さらに前出の『老媼夜譚』掲載の「三眼一本脚の化物」は、大正12年2月に聞いたと明記されている。聞いた時期には8年ほどの時差があるものの、おそらく当時の遠野や岩手には、化物なるものを指す場合、三眼で二枚歯で一本脚で、というような表現で語ることが流行していた、あるいは多かったのではなかろうか。これらはあくまで推測。正解も出ない可能性が大きい。しかし正解を求めてあれこれ考える行為自体が楽しいのだ。こうした追求はすんなりいかないほど面白い。深読みによって、岩手が、いや世界がもっと面白く感じるのは間違いない。わずかな引っ掛かりを頼りに、もつれていた糸を解いていく作業は病みつきになる。その病みつきの楽しみを多くの人たちに味わってもらいたい。

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