小学3年の時の実体験である。私は風邪で寝込み、学校を休んでいた。両親は共稼ぎ、妹は保育園に行っていたので、その日、家には私一人だった。発熱し眠っていた私は夢を見た。歩いている夢だった。やがてその夢は唐突に終わる。目覚めた私は家ではなく外にいた。それも河口付近の岸壁に立っていたのだ。
すぐには状況が飲み込めないまま、自分の姿を確かめた。パジャマ姿ではだしだった。さっきまで寝ていた格好のままなのである。そこで我に帰った。誰かに見られたら恥ずかしい。親に知られたらきっと叱られる。内緒にしなければならないと焦り、急いで家に戻った。
家路を辿りながら私はじょじょに恐怖を感じていた。気づいた場所から自宅までは5分ほどの距離があり、二車線の道路を渡らなければならない。それは観光地や漁港に続く道で、かなりの交通量があった。その道路を渡って夢の中の私は河口まで歩いていたのだ。川に落ちた可能性も含めて、事故がなかったのは不幸中の幸いである。そんな体験はその一度きりだったことも幸いであった。私はその出来事を誰にも話さないまま小学校を卒業した。
「夢遊病」という言葉を知ったのは中学になってからだ。正しくは「睡眠時遊行症」。症状は眠ったまま動き回ったり歩き回る。その間の記憶はない。時間は30秒から30分までの長さ。まさに私の体験そのままだ。そうか、あれは夢遊病だったのだと思ったが依然黙っていた。知れば知るほど怖かったからだ。初めて人に話したのは大人になってから。酒の席で怪異体験を自慢し合う場だった。
今回、さらに調べてみると「夜驚症を合併することがある」とあった。「夜驚症」とは睡眠中に突然起き出し、叫び声をあげるなどの恐怖様症状を示す症状のことらしい。あの日、パジャマ姿の私が意味不明のことを叫びながら歩いていなかったことを願うばかりだ。
興奮したまま睡眠状態に入ったり、精神的ストレス、過度の疲労などが原因に挙げられている。風邪による発熱を興奮状態とするかは微妙だが、その子ども時代の自分に精神ストレスがあったとは思えない。あるとしたら過度の疲労か。さらに原因にはもう一つ、「ぐっすり寝込んでいる子どもを何らかの理由で無理やり起こした場合にみられることがある」とあった。
オカルトチックに考えると、ぐっすり寝込んでいる私を「無理やり起こした何かがいた」というのだろうか。考えただけで恐ろしいが「その何か」の魔の手から、私を守ってくれた「別の見えない何か」もいたと考えれば救われる。そしてその「何か」に感謝する素養を育ててもらったと思えば、この体験は今の自分に生きており、それはそれで良かったのかなと最近ふと思うのである。