今回はお気楽な「風のうわさ」を。昭和15年生まれの母親から何度も聞かされた面白話だ。
庶民にとって英語が今のように一般的ではなかった時代…太平洋戦争直後のこと。敗戦後、進駐軍が国内各地に入り、宮古も例外ではなかった。米軍兵士たちは子どもたちには優しく、チョコやガムをくれたという話はよく聞くが、兵士たちはそのへんをうろつく野良犬にも優しかった。「カムオン!」と呼びかけて可愛がった。それを見ていた人々は「米国ではあれをカメと呼ぶらしい」と勘違いした。調べてみると、その時分、ブチの犬を「カメ犬」と呼んだという話が全国に残されている。母から聞いた話だけに、実話と信じておきたいが、もしかすると当時流行したネタかもしれない。
同じ時代の勘違い話に、カメ犬より胡散臭い話があるからだ。米国からマッカーサーが来た時、日本人の多くは、この英語の名前がピンとこなかった。聞き慣れないから「松川さん」と聞き間違えたそうだ…。だが、これをテレビで言っていたのは古舘伊知郎さん。信じたいが、信じるには間違い方にちと無理がある気がする。
外国の人の言語を直接耳にして聞き間違えたパターンではないのだろうが、船舶で使う用語が、漁船に関わる人々にとっての日常語として帰化しているケースも宮古あたりで時おり見受けられる。
宮古のサッパ船(漁業用小船)などには、船内に入り込んだ海水を汲み出す手桶が積まれている。これを「アガカギ」と呼ぶ。これは「アガ」+「カギ」の組み合わせ名称のようなのだが、「カギ」は掻きが訛ったもの。では「アガ」は何なのかというと海水ということになるのだが、どうして海水が「アガ」なのか。答えはアクア。水=アクアが訛って、アガなんだそうだ。あくまで一つの説だが。
漁師や水産関係者が口にする言葉に「ゴーヘイ」「ゴースタン」「ホースピ」がある。それぞれ順に「前に進め」「バックしろ」「急げ」という場面で口にする。だが、その仕事現場以外でも使うこともしばしばだ。当然、これらは順に「Go Ahead=前進」「Go Astern=後進」「Full Speed=全速で」という船舶用語が元になっているわけだが、すでに日本語として日常に溶け込んでいる。急いでほしいのにのんびりしている人を急かす時、「ホースピー!」と強い口調で連呼している場面に出くわしたことがある。ちなみにこれらと同様、船舶用語と認識している「ヨーソロー」だが、じつはこれは完全な日本語なのだそうだ。「宜しく候」という幕末海軍が使った言葉が変化し、その後の旧日本海軍や海上自衛隊も「了解」「問題なし」の意味で復唱したという。
意図的ではなく、英語を純粋に聞き間違えたり、語源はさておき、その言葉が日々の生活に根ざすうち、当たり前に広がり根づいてしまった言葉たちは、素知らぬ顔をして私たちの日常にもっと潜んでいそうだ。