駒ヶ岳という名の山は全国各地にある。春の山肌にウマの形が現われることから駒ヶ岳と名付け、人々はこの自然現象を田仕事の始まりのサインと捉え、農事暦として活用した。数ある駒ヶ岳が混同しないように、地名を冠して○○駒ヶ岳と称することが多い。
昭和二十年頃まで、県内のほとんどの農家は、馬による農耕であった。金ケ崎町と北上市の境にある駒ヶ岳も、東面に馬形が出現することから「金ケ崎駒ヶ岳」とか「金駒」などと呼んだ。駒ヶ岳の雪解けが豊富な流水をもたらし、キッツ川や黒沢川となって広大な扇状地を潤す。戦後、酪農が盛んになると、採草地や放牧地が拓かれ、すそ野は四季折々の風景美で匂い立つ。
伝説には「この山に白い神馬が住んでおり、時々遊び回っている姿をみることがあった。ある冬亡くなったので、里人はこの馬を山頂に埋め、中腹に祠を建て馬頭観音を安置し、神馬(こま)の社(やしろ)と呼んで、この山を駒ヶ岳と称した」(金ケ崎町史)とある。山頂の駒形神社奥院は、北東の早池峰に向って建つ。里の安寧と五穀豊穣を守護する神馬は三体、愛くるしい白馬二頭と黒毛である。
登山口は三つ。お薦めコースは金ケ崎コース。下賽(さい)の河原(かわら)、地蔵菩薩、上賽の河原を経て、樹林の中を約2時間で登る。夏油温泉コースなら3時間。他に、夏油川沿いの古い道を辿るが、一部がヤブ化して一般向けではない。
いつぞや「夏油駒ヶ岳じゃないのか」と、おしかりを受けたことがあった。確かに駒ヶ岳は、牛形山・経塚山とともに夏油の峡谷を囲む「夏油三山」の一つだし、温泉は薬効あらたかな名湯である。
だが、残雪の馬形を拠りどころに農神を祀る以上、金ケ崎駒ヶ岳がしっくりいく。駒は金ケ崎町に、湯は北上市に—、郷土愛ゆえに悩ましい。