山全体がバイオレット色に染まる10月中旬、岩手山の紅葉は終盤である。冬使用に切替わった八合目避難小屋あたりには風花が舞い、日陰に吹き寄せられた雪は根雪となる。夏山を謳歌した人々は、今季の岩手山登山をおおかた終えた。
盛岡市街から雪が目視された日、盛岡地方気象台ではいよいよ「岩手山の初冠雪」を告げる。
見上げれば、気軽にひょいひょい登れそうにない岩手山。「一生に一度でいいから登りたい」そんな声を耳にするたびに、私は登山仲間のHさんの言葉を思い出す。「ちょこちょこ登っているうちに、気付いたら山頂に立っていますよ」。岩手山登山へ踏み出せない方への一言アドバイスだった。
岩手山は、七つの登山口をもつ岩手県の最高峰である。毎回しゃにむに山頂を目指す必要はないのだし、紅葉を愛でる小さなピストン山行だって、なかなかオツなもの。汗をかかないトコトコ歩きとか、チョッとした立休みで晩秋の紅葉を眺めるとか、眼下の山並み・町並みを見おろすとか。ともあれ本日の到達点を岩手山の中腹までと決め、晩秋の山日和(やまびより)を狙い定めて、ゴーだ。
柳沢コースなら、標高1250mの四合目付近がちょうど良い。2時間でハート沢の斜めに走る成層構造の岩稜帯へ着く。網張コースは、犬倉山とか黒倉山や姥倉山で360度の風景を眺めて引き返す。県民の森からスタートした場合は、焼切沢(やっきりざわ)沿いにコメツガの林間を登って地獄谷の入口で終了。松川温泉コースは、姥倉山の三角点が終着点だ。どのコースを選んでも、晩秋の樹林帯を往復すれば、冬にうつろう岩手山の彩りを味わえよう。ただし、雨具・手袋・帽子・セーター・湯など、寒さ対策は怠りなく。
乱反射する木漏れ日を浴び、舞い落ちる赤や黄のひとひらに、冬の足音をきく。