奥州市の西に連なる焼石連峰の主峰が焼石岳である。初夏、固く締まった残雪が後退すると、それまで雪の下に眠っていた生命が光りを浴び、次から次へと芽吹いていく。高山植物の宝庫として名高い焼石連峰はいま、花の季節のただ中にある。
私がリュウキンカを注目したのは花の色彩だった。光りをギュッと凝縮させたような濃い黄は、そもそも花弁ではなく萼片(がくへん)という。和名に置きかえるなら「金が立つ」と書いて立金花。リュウを「竜」ではなく「立」の字を当て、見た目の印象をより強調した。カタカナ表記の植物名は、聞いてもすぐには覚えられないが、漢字に変えた途端に腑に落ちることがある。リュウキンカは立った黄金、美しくないはずはない。
標高1000mの銀明水で高木帯を抜ける。雪解け水に没してなお咲く姥石平のヒナザクラが愛らしい。チングルマやコバイケイソウは白、イワハゼ・コケモモ・サラサドウダンが淡いピンク、青系ならシャジンやクガイソウなど、花々が気持ちよさそうに陽光を浴び、虫を誘いこんで受粉し、短い夏を謳歌する。雲上の花園が山頂まで続く。
東西南北に11座の火山列を形成する焼石岳一帯は、熔岩台地の様相である。見晴らしの良い山頂から、地球の曲面を実感できよう。西の大森山より三界山・南本内岳・牛形山、視線を転じて天竺山・経塚山・駒ヶ岳へ連なる大パノラマは必見だ。
一般的な登山口は登り3時間の中沼コース、4時間30分かかるつぶ沼コース、夏油温泉から経塚山経由で縦走した場合は、金明水の避難小屋に1泊したい。秋田県東成瀬コースは登り4時間・下り3時間。どの路を歩いても登山者は花々に歓迎されるだろう。
室町時代の能楽師・世阿弥は言った「秘すれば花」。人を魅了する極意だ。