矢巾町の西にそびえる南昌山はただいま「旬」である。頂上展望台が改築され、令和5年春の山開きより町内の全景を再び俯瞰(ふかん)できるようになった。視線の先に、矢巾町全域がパーッと拡がっていく。「ホラ、上がって見渡してご覧よ。いぐね(屋敷林)に囲まれた民家や田畑がとびきり綺麗。東に目を凝らせば、北上川や徳丹(とくたん)城跡も想像できる」と、ピカピカの展望台が誘いかける。
南昌山の登り方は三コース。家族向きなら五合目鞍部より階段を30分、あるいは矢巾温泉から樹木の林道を通って鞍部へ向かう方法がある。二つ目の前倉コースは南昌山神社よりスリリングな痩せ尾根を2時間30分かけて登る。
起伏の多い健脚向きの手強いコースが三つ目で、赤林山の登山口から入り、ブナ分岐を経て南昌山山頂を目指す。いずれも温泉手前の駐車場が起点なので、効率良く周回できる。
先日、矢巾町山岳会にお供して前倉コースを登った。男性数名は太くて重いロープを担ぎ上げ、取りつけ作業に汗だくだ。「急勾配でのロープは役立ちます」と芦生(あしおい)会長の笑顔がはじけた。快適な登山道は、行政による整備事業、地元山岳会の地道なパトロールや補修・草刈り、そして登山者おひとりお一人の三位一体で維持される。
先行した京子さんと私は山頂直下でヌスットハギを見た。ミズヒキのような小粒で地味な花だが、種をドロボーの忍び足に見立てて盗人萩(ぬすっとはぎ)という。しかも、衣服に粘着した種は、ぬけめなく移動する。
歴史は古く、坂上田村麻呂が山頂に青龍権現を本尊とする宮を祀って徳ヶ森と称した。藩政時代には南部信恩公(のぶおきこう)(1707年没)が南部繁盛を願い、「南昌山」と改名している。釣鐘に似たこの山を賢治は美しく詠む。
―岩鐘の きわだちくらき肩に来て 夕の雲は銀の挨拶―