【六角牛山 (ろっこうしさん) 1294m】三姉妹の長女がもらう

【六角牛山 (ろっこうしさん) 1294m】三姉妹の長女がもらう

ほくほくトレッキング
阿部陽子のほくほくトレッキング
(公社)日本山岳会岩手支部 支部長 阿部陽子さん

「なんて優美な姿だろう」とうっとりだ。遠野小富士とうたわれる六角牛山は、道の駅 遠野 風の丘からがベストアングルである。すそ野を大きく広げた威風堂々の山容は、四季折々に色合いを変えながら、遠野郷の東方で厳かにそびえている。特に山頂を白く染めた初冬の六角牛山は、一段と神々しい。

 山名は「垂れ下がる山容は牛が伏した姿に見える」のアイヌ語説により六角牛山だ。釜石遠野線(県道35号)青笹町糠前(ぬかまえ)に六角牛神社、中沢に六人の皇族が住んでいたとする六神石神社が建つ。どちらも「ロッコウシ」と読む。聞くところによれば、人は死して荒神となって六角牛山に住まうという。斯くてご先祖さまと遠野郷は永久につながる。

 早池峰山と六角牛山と石上山は、遠野三山と呼ばれる名峰である。明治時代、柳田國男が佐々木喜善の話をもとに書いた遠野物語が面白い。「大昔、女神がおりました」で始まり、瀬織津姫(せおりつひめ)が三姉妹の女神を連れて降り立つシーンから語られる。今宵、胸元においた霊華をそれぞれに与えると約して眠りについた。長女の胸にあった早池峰は、三女がすり替えたため、長女のおろくは六角牛山をもらった、とある。

 かつて、木瀬公二さんが講演のなかで「神さまがズルをしていいのだろうか」と素朴な疑問を投げかけておられた。確かに三女は、神らしからぬダークな行為で早池峰を得たように思える。だが長女は、遠野郷を眺められる六角牛が欲しかった―と読み解けば交渉成立だ。

 峠登山口を出発すると、爽やかなブナとナラの林が続く。四合目から岩の急登。「サムトの婆のなれの果て」と呼ぶ白い三角の岩が六合目、緩斜面の九合目で展望が開く。東に片羽山、夥しい(おびただしい)数の風力発電が南北に連なり、風の行方は一目瞭然であった。

冷えた朝、六角牛山は標高1000mで二色に割れた。神の領域は白、郷は温もりの色であった

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