【猫山(ねこやま) 920m】賢治その人だった

【猫山(ねこやま) 920m】賢治その人だった

ほくほくトレッキング
阿部陽子のほくほくトレッキング
(公社)日本山岳会岩手支部 支部長 阿部陽子さん

 風の又三郎の舞台は、ひょっとして猫山高原一帯ではないか。花巻市大迫『早池峰と賢治の展示館』の浅沼利一郎館長のお話しに引き込まれた。

「風の又三郎が転校して来たのは、花巻市大迫外川目の旭ノ又(ひのまた)小学校。当時、校舎の裏山は採草地でした。校庭の前に仲間とザッコ(雑魚)捕りした旭ノ又川が流れ、探検した岩穴も近い。さらに又三郎の父はモリブデンの技師として登場しており、実際に猫山の稜線の下にモリブデンの採掘跡もあります」と語る浅沼館長。

「大迫地方では、南部葉という良質のたばこ葉を栽培しており、百十日の台風『タツミの風』により、早池峰の方向に葉が根こそぎ倒された。その畑がこのあたりです」と続く。なるほど風の又三郎の筋立てがそろっている。

 童話を読み返し、今回は館長さんのお話を聞きながら合石(あわせいし)集落の林道から登った。口を開けた巨大ハマグリのような覗石にはいつも仰天だ。さらにヘアピンに折れた林道を進むと、早池峰を眺めるカヤの草原に着く。牛馬が逃げられないよう盛った土塁を越えて、小高い猫山の山頂に立つ。 「あれが宇瀬水牧野、白森山はさすがにデカイ。はて?薬師岳は見えるかい」皆の目が泳ぐ。百年前に賢治も見たであろう山々が、霧を押しのけて次々と立ち上がるのだった。

 モリブデン坑の跡は、外川目の堅沢(たつざわ)集落より春日神社の方向へ、砂利道を1時間歩いた後に左折し、沢沿いを北進すれば左手にある。鉱山で働いた高齢の女性は「鉱夫の泊まる小屋がこの辺りにあった」と証言したという。

 よそ者(賢治)を、村人は素朴な興味や驚きをもって受けいれた。書籍『あった!! 風の又三郎の原風景(2017年発行)』の著者でもある浅沼館長の考察はこうだ。

「転校生としてやって来た風の又三郎は、賢治その人だったのです」。

高森山まで延びた広大な宇瀬水牧野の後ろに猫山 が見えた。寝そべったネコみたいに平たい

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