【大荒沢岳(おおあらさわだけ) 1313m】郡境の奥座敷

【大荒沢岳(おおあらさわだけ) 1313m】郡境の奥座敷

ほくほくトレッキング
阿部陽子のほくほくトレッキング
(公社)日本山岳会岩手支部 支部長 阿部陽子さん

 岩手郡・和賀郡・仙北郡をむすんで「郡境尾根」と呼んだ奥羽山脈の脊梁は、標高1000mを超す山岳の豪雪地帯である。かつてはマタギの活躍する深山幽谷の地であり、登山者は容易に踏み入ることができなかった。その主稜線のど真ん中に位置する沢尻岳(1260m)と大荒沢岳(1313m)は、和賀岳に次ぐ高峰だ。だが不思議なことに、どちらも2万5千分の1地形図に記載されていない。

 表記されていたのは大荒沢川のみであった。沢尻岳と大荒沢岳を源頭に南流する大荒沢川は、豪雨のたびに暴れ、貝沢野に襲いかかって洪水をもたらした。水は農耕の恵みであり脅威でもある。貝沢はそもそも「峡谷の沢」の意味だが、河川の合流地を開発する「開沢」とか、牧野の沢を意味する「飼沢」もしくは萱野の沢と読み解くことができる。

 沢内街道と呼ぶ県道1号の山伏トンネルを抜けると、クマ撃ちで知られた貝沢集落に着く。太い標柱「高下登山口」を右折して林道を4km進み、砂利道より小沢を2つ渡って貝沢登山口だ。平坦だった道は、やがて勾配のきついブナの巨木ロードとなる。見上げれば実がどっさり、「小動物のみならずクマも、この深い森なら生きていけるだろう」と想像したものだ。郡界分岐・前山分岐の看板を見過し1091mの広場で一息つく。

 雪と強風で矮化したブナのトンネルは快適だ。芽吹きは清々しい、落葉の舞う音を聴く、木漏れ日がキラキラ光って眩い。半分溶けた雪穴にすぽっと丸まり、冬眠から覚めないヤマネを見たのは早春であった。

 谷底の大荒沢川を支配する展望の沢尻岳を経由して、大荒沢岳に向かう。北に岩手山、南の和賀岳と根菅岳から高下岳の連なりを飽きることなく見渡す。豪雪がもたらす展望の大荒沢岳まで3時間、私の好きな「郡境の奥座敷」だ。

左が大荒沢岳、右奥に羽後朝日岳。ホシガラスになって孤高の山々を飛びまわってみたい

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