仲間と共に歴史をつなぐ

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インタビュー
北限の海女 中川やえ子さん
北限の海女
中川 やえ子 さん
(67)

●海で生まれ育ち 北限の海女に

 「北限の海女」で知られる久慈市の小袖海岸。毎年7月から3カ月間、海女による素潜り実演が行われ、全国から多くのファンが足を運びます。顔馴染みのお客さんに声をかけるのは、海女歴50年以上の中川やえ子さん。「しゃっこい」と声を上げながら、かすりの半纏姿で潜ります。

 子どもの頃から海が遊び場だった中川さん。「おにぎりと味噌を挟んだ地きゅうりを持って、ウニやツブを取って一日中海で遊びました」と話します。当時の小袖地区では、中学校を卒業したあたりから海女として潜り始めるのが一般的で、中川さんも16歳ごろ海女になりました。「最初はうまく潜れなくて、岩場を足で探ってウニを取っていました」と笑います。その後、仕事の都合で小袖地区を離れた時期もありましたが、結婚を機に20歳でUターン。「まさか戻るとは思っていませんでしたが、やっぱり縁があったんでしょうね」と、出産・育児と両立しながら現在まで50年以上潜り続けています。

●100年以上続く 歴史をつなぎたい

 中川さんが海女になった当時、小袖地区には100人以上の海女がいました。「それが今では10人以下、寂しいですね」と中川さんは静かに言います。かつては漁業を生業とし、ウニやアワビを採っていた“北限の海女”ですが、今は観光として文化を伝える役割が主となっています。中でも若い世代の海女たちは、普段は別の仕事をしながらも、休日や時間を作って潜りに来てくれているそう。「みんな忙しい中でも頑張ってくれて、心強いです。そうやって支えてくれる若い海女さんがいるから、文化が続いていく」と微笑みます。

 自身は昨年、一度は海女を引退しました。しかし数カ月後、仲間が体調を崩して潜れなくなり、代わりを頼まれたといいます。「少しでも仲間の助けになればと自然に思いました。それに、せっかく来てくれたお客さんをがっかりさせたくない気持ちもありました」。

 なぜそこまで頑張るのかお聞きすると「今まで続けてこられたことが奇跡だから、無くしたくないだけです」と中川さんはきっぱり言います。東日本大震災で小袖海女センターが流され、衣装も道具も全て失い、北限の海女は存続の危機に直面しました。「道具も衣装も全部流されて、『もうやめよう』という声もありました。でも、私は“海女を無くしたくない”という思いが強かったんです。やめるのは簡単。でも、もし復興して『またやろう』となったときに、誰が最初に手を上げるの。そう問いかけたら、『やりたきゃやればいいべ』って、突き放すように言われて…。意見がぶつかって、苦しい思いもしました」と当時を振り返ります。「それでも、同じ気持ちで一緒に進んでくれる仲間もいました。それが本当に心強かった」と中川さん。

 東日本大震災から4カ月後、例年の2週間遅れで素潜り実演を開始。海への恐怖心はありましたが、震災後に初めて来てくれたお客さんのために意を決して仲間と潜りました。「衣装は無いからウエットスーツで潜ったんですが、海の中はヘドロで真っ黒、ウニもツブも何もいなくて。沈んだ船の金具に陽が当たってピカピカと光って不気味でした」。海から上がると、顔はヘドロで真っ黒だったといいます。「この先どうなるのかと思いましたが、ここは波が早いので1週間もしないうちに水がきれいになって。そして次の年に潜ったら、ウニの赤ちゃんが生まれていたんです、感動して興奮して仲間を呼びました」と目を輝かせます。

 そして2013年にNHK連続テレビ小説「あまちゃん」が放送されると、北限の海女は全国から注目を集め、予想をはるかに超えるファンが押し寄せました。「嬉しかったですね、頑張って海女を続けてきたかいがありました」。全国から届いた寄付で海女の衣装を揃えることができ、ピーク時には1日に8回潜ったことも。「今まで見たことがないくらい大勢のお客さんが来てくれて、歓声が聞こえると嬉しくて、パワーをもらいました」と中川さん。お客さんの喜ぶ顔が見たくて、今日まで潜り続けてきたと話します。

 67歳で現役海女の中川さんの元気の秘訣は、潜り続けること。「毎年、最初は苦しくて息切れしますが、潜っているうちに肺活量が大きくなって体も締まってきます。いつまで続けられるか分かりませんが、頑張って潜っていますので、たまには会いにきてもらえたら嬉しいです」と中川さん。仲間と守ってきた北限の海女が途絶えることなく未来につながることを願って、中川さんは今日も海に潜ります。

プロフィール

1957年、久慈市生まれ。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の舞台となった久慈市の小袖地区に生まれ、子どもの頃から海で遊びウニやツブ採りをして育つ。16歳ごろから「北限の海女」の活動を始め現在まで50年以上潜り続ける現役海女。「あまちゃん」ドラマ化に向け取材を受けた地元の海女の一人で、脚本家・宮藤官九郎氏のラジオ番組にも出演

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