● 文学との出合いと創作
弟を亡くした女性と弟の元恋人の交流を描いた小説『カフネ』で、県人作家として初めて「第22回本屋大賞」を受賞した阿部暁子さん。「食べること」を通して、喪失と向き合いながらも今日を生き抜こうとする姿を描いた物語が話題になっています。
花巻市で生まれ育った阿部さんは、「気になったことはとにかく試してみる」好奇心旺盛な幼少期を送りました。ぎんどろ公園や花巻市立図書館は、何度も足を運んだ場所。絵本『ぐりとぐら』や『クレヨン王国』シリーズの世界に夢中になり、のちの創作の土台となる感性を育てていきました。
高校生の頃、国語の授業で芥川龍之介『羅生門』や、太宰治、樋口一葉などの純文学作品に出合い、その鮮やかな描写に心を揺さぶられました。「それまで敷居が高いと思っていた純文学の世界が、頭の中に映像として立ち上がってきました」と振り返ります。こっそり「文学少女」を気取り、父の本棚から大人向けの本にも手を伸ばし、「お前にはまだ早い」と注意されたこともあったそうです。
「小説も漫画も、面白いと思えるものはとにかく読み続けました。面白さが飽和したとき、自分でも書いてみたいと思うようになりました」と、当時の胸の高鳴りを静かに思い返します。
吹奏楽部でトランペットを担当する一方で、奥州藤原氏や戦国時代を背景とした歴史小説を執筆。大学進学後はプロを目指し、新人賞への投稿を重ねましたが、結果は一次・二次選考どまりの日々が続きました。就職活動が本格化し、「自分の本心とは違う方向へ進まなければならない場面が増えるほど、逆に書くことが楽しみになりました」と阿部さん。作品を「これで大丈夫」と思えるところまで磨き上げることだけはやめず、創作と向き合い続けました。
そうして生まれた『屋上ボーイズ』(旧題「いつまでも」)が「第17回ロマン大賞」を受賞。念願のプロデビューへの道が開けました。
●希望を見出す物語を
ライトノベルの分野で次々と作品を発表していく中、各社の編集者の目に留まり、一般文芸への挑戦も始まりました。受賞作『カフネ』は、担当編集者から示された「亡くなった弟の姉と、その元恋人」という人物設定に、「この関係にはドラマが詰まっている」と直感したことから生まれたそうです。
同作が執筆されたのは、コロナ禍で日常が大きく揺らぎ、先の見えない不安が広がっていた時期でした。「人々の生活や感情が重なり合ってドラマになっていくことを大事にしています。作品は、自分というフィルターを通して出てくるもの。コロナで将来が見通せない状況でも、誰もがそれぞれの場所で必死に暮らしています。未来を素直に信じられないときでも、その日その日のささやかな時間の中に、少しでも希望の光を見出せたら」と、作品に込めた思いを明かしてくれました。
本屋大賞を受賞した今の心境については、「もちろんうれしいのですが、まだどこか現実感が追いついていないような気もします。評価されたのはあくまで作品であって、自分自身が突然別人になったわけではありません。これからも怠ることなく書いていきたいです」と前を見据えています。
「一冊の本を最後まで読み切っていただくことはありがたいこと。『この人の本はやっぱり面白い』と思ってもらえる作家であり続けたいですね」と笑顔を見せた阿部さん。
「いつか大御所と呼ばれ、もっと深く描けるようになったら、岩手を舞台にした作品にも挑戦してみたいです」と、ふるさとへの思いを語りました。
春先には、「小説現代」で『カフネ』の前日譚となるスピンオフ作品の発表も予定されています。これからも、温かな眼差しで人々の心に寄り添う物語を紡ぎ続けてくれることでしょう。




