岩手県内に月山という名の山は五山ある。宮古市重茂半島の月山(御殿山(ごてんやま))、八幡平市安代の御月山(おつきやま)、北上市和賀三山の月山、奥州市江刺の月山、そして奥州市衣川の「衣川月山」である。
衣川地区は、蝦夷アテルイとモレの奈良時代、次いで平安中期の安倍一族から1100年代に平泉文化を築きあげた藤原時代まで、幾多の栄華を物語る居館跡や関跡・廃寺跡、由緒ある神社や地名が、現代に生き続ける歴史の地だ。新年の始まりにふさわしく、衣川の低山ハイキングはいかがだろう。
それは長者原廃寺跡を訪ねた初冬の夕暮れ時だった。数条の光りがサァーッと小さな森に降りそそいだ。なんて神々しい。森は最高点120mの「衣川月山」、すそ野を巻く水面は衣の襞のように曲流するところから命名した衣川である。森と川と光りの情景は「今すぐ登ってきなさい」と、私に語りかけるのだった。
登り口は三カ所。まずは、オオカミを眷属(けんぞく)とする三峯神社からスタートし、斜度のきつい階段を登りきって中尊寺奥宮の月山神社に向う。本殿の囲いの中に、苔むした平たい大岩があるので見過ごしてはいけない。この磐(いわ)こそが荒覇吐(あらはばき)神を祀る「和我叡登拳(わがえとの)神社」であり、安倍一族が威を振るう拠りどころにした神聖なる「磐座(いわくら)」だ。巨岩は、古来より神の依代(よりしろ)として崇敬されてきた。信心のない私でも、山神さまに手を合わせ、登山の安全を願ったりするから面白い。
尾根続きの表参道を下った横に、金精さまを並べた境内社や神武天皇遥拝の石碑、上部に荒沢神社があり、小路は頂上の月山神社まで通じている。
この小さな森に、いったいどれだけの神霊が祀られているのだろう。「登れ」は、神々の熱きコーラスであった。折々に、濃縮した岩手のエナジーに逢いたいと思う。