● 悲しみに寄り添うグリーフケアとは
「グリーフケア」をご存知ですか。さまざまな「喪失」を体験し、グリーフ(深い悲しみ、悲嘆、苦悩)を抱えた方々に、心を寄せて寄り添い、ありのままに受け入れて、その方々が立ち直り、自立し、成長し、そして希望を持つことができるように支援することを「グリーフケア」といいます。福祉や介護の現場、災害や事件・事故の現場、教育の現場、葬儀の現場など、さまざまな現場で必要とされています。
上智大学グリーフケア研究所・名誉所長の髙木慶子さんは、阪神・淡路大震災をはじめ、東日本大震災の被災地に長年足を運び、被災者に寄り添い続けてきました。
● 悲しみも苦しみもすべてを受け入れる
東日本大震災から二カ月後、多くの被災者が身を寄せる釜石カトリック教会を訪れた髙木さん。家族や家を流され、学校や職場、故郷を失った人々は、心に大きな悲嘆を抱えていました。それぞれの悲しみに耳を傾け、苦しみを受け入れ、釜石市から大船渡市、福島県飯館村、陸前高田市、宮古市、福島県南相馬市と回り、被災者の心の叫びに寄り添ってきました。
岩手の避難所でのこと。その方は娘を抱いて、津波の中を走って逃げました。ようやく避難者が集まる坂までたどり着き、先に娘を上げ、自分も引き上げてもらいホッとした次の瞬間、草の上に寝かされ黒い水を吐き出しながら心臓マッサージを受ける娘の姿が。
「もっと高く抱いていれば、娘は助かったかもしれない。この腕が悪い、この両腕を切ってください」と、その方は何度も何度も訴えました。その訴えは、今もまだ続いているといいます。髙木さんは、多くの被災者と向き合い、癒えない苦しみを受け入れ、心を寄せ続けてきました。深い悲しみは、簡単に癒えるものではありません。少し元気になっては落ち込むアップダウンの波の中で、少しずつ右上がりになっていくものです。この10年、悲しみ苦しみ続ける人々がいる一方で、苦しみの中からたくましく元気を取り戻していく人々の姿も見届けてきたといいます。
● 自分のわがままを許してあげること
髙木さん自身も、阪神・淡路大震災の被災者です。大きな揺れでベッドから落ち、そこに大きな戸棚が倒れ、九死に一生を得ました。電気もガスも水道も止まり、寒くて、冷たい食べ物が喉を通らず、時に死にたいとさえ感じる精神状態のなか、避難所を回り続けました。「一カ月半お風呂にも入れなくてね。家族は帰って来いと言うんですが、私の心は動きませんでした」と髙木さん。避難所で待っている人がいるのに、今ここを離れるわけにはいかないと。この経験があったから、東北の被災者の方にも心を寄せることができたのだといいます。
「人はちゃんと聞いてくれる人にしか話さないんですよ」。悲しみや苦しみは、誰にでも話せるわけではありません。目の前に悲嘆を抱えている人がいたら、何かしてあげようとするのではなく、その悲しみ、苦しみを理解しようと相手を尊敬し信頼して欲しいと髙木さんはいいます。そうすることで心を開き、話してくれるようになるのだと。
「岩手の人は優しいから心配ね」と髙木さん。辛い状況にあるにも関わらず、遠くから何度も避難所に足を運ぶ髙木さんを労う優しい県民性に感激したといいます。その優しさ故に、相手を思いやるばかりで自分がボロボロにならないよう、自分を大事にして欲しいといいます。自分を大事にするということは、自分のわがままを自分が許してあげること。誰もが悲しみ・苦しみを抱えて生きているのだから、自分自身の心の叫びに耳を傾けて欲しい。そして、普段の生活のなかの我慢を時々休んで、上手にセルフケアしながら、心穏やかで優しい「岩手人らしさ」を大切に生きて欲しいと話してくれました。