葛西萬司が設計した「岩手銀行赤レンガ館」

葛西萬司が設計した「岩手銀行赤レンガ館」

岩手の先人こぼれ話
岩手の先人こぼれ話シリーズ

宮沢賢治学会 前副代表理事 佐藤竜一さん

 宮沢賢治は生涯で九度上京しましたが、東京駅に降り立った時、既視感を覚えたに違いありません。赤レンガ張りに白い花崗岩を施した東京駅の外観がなじんでいた盛岡銀行本店の外観とそっくりだったのです。それもそのはず。設計は共に辰野金吾(たつのきんご)と葛西萬司(かさいまんじ)でした。

 葛西萬司は1863(文久3)年、盛岡に生まれました。旧姓は鴨沢(かもさわ)で、1889(明治22)年親戚の葛西重雄(かさいしげお)の養子となり、葛西を名乗るようになります。帝国大学工科大学造家学科(現東京大学工学部建築学科)に進学し、恩師となる辰野金吾と出会います。葛西は辰野金吾の補佐役として活躍しますが、故郷である盛岡にも葛西が設計した建物がいくつか残っています。

 盛岡銀行本店の竣工は1911(明治44)年ですが、盛岡銀行の経営には賢治の叔父・宮沢恒治(みやざわつねじ)が携わりました。その後、岩手銀行の所有となり岩手銀行中ノ橋支店として使用されましたが、現在は多目的ホールや展示スペースを備えた「岩手銀行赤レンガ館」として生まれ変わっています。賢治はこの建物を愛し、詩「岩手公園」には「川と銀行木のみどり」と記しています。

岩手銀行赤レンガ館外観
岩手銀行赤レンガ館外観

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