● 千葉で生まれ育ち 岩手で起業するまで
45年前、盛岡市のスーパーマーケットの一角に誕生した「都南プラザドラッグ」。夫婦で始めた小さな薬局は、東北6県に381店舗を展開するドラッグストアチェーンに成長しました。5.5坪の小さな薬局からスタートし、東証一部上場を果たした「薬王堂」。その飛躍について、創業者であり代表取締役社長の西郷辰弘さんにお話をうかがいました。
西郷さんは、千葉県富津市の青果店に三人兄弟の次男として生まれます。中学ではスポーツ万能で各部活から引っ張りだこだったという西郷さん。さらには先生が家に来ては「進学高に」と説得に来たといいます。
しかし、本人は長嶋茂雄に強く憧れ、プロ野球選手になるんだと、野球の強い千葉県立千葉工業高等学校に進学。ところが一年生の時に断念してしまいます。「東葛飾のエース4番でアジア選抜の一年生選手と試合をした時、こんな人間がいるんだ、これじゃ長嶋なんて言ってられないと野球を辞めました」。
そんな西郷さんですが、高校でのある授業が大学進学につながっていると話します。「高校の時に面白い先生がいてね、工業の授業だったのに、株の授業を始めたんですよ。そっか株式ってものがあるんだな、いつか事業やるときは上場できなきゃと思いました」。
その後、明治大学商学部に進学しますが、学生運動が盛んな時代で大学はロックダウン。近所の図書館で読書三昧の日々を送る中、曹洞宗の開祖・道元禅師に心酔し、大学2年から卒業まで品川にある東照寺の同愛寮で過ごします。「座禅に来る方が悩みをもった企業幹部が多かったこともありますが、企業の方と知り合い、学ぶ機会が多かったです。その後、よく座禅に来ていた日立クレジットの社長に声を掛けられて、就職することになりました」と西郷さん。さらには、奥さまの叔父夫婦が東照寺を訪れたことがきっかけで、奥さまのご縁も結ばれました。
● 商売の厳しさから経営のイロハを学ぶ
「妻は東京で薬剤師をしていましたが、一人娘で岩手に戻らなければならなくて」。西郷さんは日立クレジットを退職し、結婚を機に盛岡市に移住しました。「私は運が良かった。学生の頃に座禅会の手伝いで何度か岩手に来ていて、そこで知り合った方から薬局をやらないかと声をかけていただきました」。こうして1978年、盛岡市の「スーパーマーケット都南プラザ」内に「薬王堂」の前身となる「都南プラザドラッグ」を開店。翌年には盛岡市の「ニチイ」内に2号店目の「薬王堂」を開店しました。「薬局を始める時に、コンビニみたいなドラッグストアにしたら面白いんじゃないかとイメージを膨らませていました。名前は叔父叔母と話をしていた時に、その場にお祀りしていた薬王菩薩に堂をつけて薬王堂になりました。薬王菩薩が衆生に良薬を施して心身の病を治す菩薩ということでいい名前だと思いました」と西郷さん。そのイメージを具現化すべく1982年に単独店第一号となる「矢巾店」を開店しました。
「3号店目で初めて商売の厳しさを知りました」。1、2号店はテナントだったため集客努力をしなくてもお客さんは来ましたが、3号店は勝手が違いました。1日の来客数は10人以下、売り上げが1万円に満たないことも。「火の車でした」と競合店の調査、店内のレイアウト、仕入れ先、広告宣伝などを見直し、半年かけて店を立て直しました。「3号店が軌道に乗るまで苦しみましたが、経営のイロハを学ぶきっかけになった店です」。その後、ペガサスクラブに加盟、アメリカへ視察に行くなど「チェーンストアの原理原則」を本格的に学び始めた西郷さん。「首都圏のドラッグストアを視察し、繁盛店では人が育たないことも学びました」。努力しなくても売れる店舗では、売るためのアイデアが生まれません。西郷さんは人を育て、資金を調達し、マニュアルを整備しながら店舗数を増やしていきます。「300店舗作る、上場する、と公言して、一つずつ達成してきました。リーマンショックや東日本大震災も本当に辛かった、あの時は景色がわからなくなり、匂いが消えました。しかし、人の力、従業員のおかげで今があります」。苦労を乗り越えながら、店舗数は300を超え、株式上場も果たしました。現在は、売上高3000億円企業という目標達成に向け取り組んでいます。
● 会社、地域の未来とこれからの生き方
自分で土地を探し出店し、課題をクリアし、新店が軌道に乗るたびにやりがいを感じてきたという西郷さん。競合他社を含めドラッグストアの店舗数が増え、出店のスピードも緩やかに変化する中、今後は社員のエンゲージメントをいかに高めるかが大きな課題になると話します。「社員一人一人が会社のことを考え、積極的に関わり、もっとフランクに意見交換できれば、仕事も楽しくなるだろうし会社も成長する」。同時に、出産・育児とバランスをとりながら、個々のタイミングでキャリアアップに挑戦できるような環境を整えたいと話します。また、店舗展開する東北6県の地域に対しては、新店出店と既存店のリニューアルを行い、介護用品やシニア向け商品を増やすなど少子高齢化に対応していくといいます。
「社会が高齢化しても、健康で元気な高齢者が増えればいい」と西郷さん。病気をきっかけに健康の大切さを実感し、60歳を過ぎてからゴルフを始め、毎週トレーニングジムで汗を流します。また、大学に通い新たな学びを始めた奥さまに刺激を受け、何か始めたいと考え探しているとのこと。「高齢者でも肉体的に若い方や活躍してる方が多い時代。これから、まだまだ挑戦できる」と西郷さん。元気なシニアに活躍してもらえるよう「薬王堂」では2024年度から定年を60歳から65歳に、継続雇用を65歳から70歳に引き上げるとのこと。仕事も遊びも、学びも趣味も、今後ますますシニアの活躍の場は広がっていきそうです。
土地探しから始めた単独店第1号の「矢巾店」。ここでの苦労が「薬王堂」の大きな飛躍につながりました