● 観察して再現する創意工夫の楽しさ
フルーツや花、木の実、昆虫、スイーツなど、日々の暮らしの中で出会ったものを題材に本物そっくりの粘土アート作品を作る大迫町の高橋竜子さん。これまで、花巻市総合文化財センターや大迫図書館などで作品展を開催してきました。「作品を見て驚いたり、感動して涙を流してくれる方もいたり。作品と一緒に私自身も認めてもらえたような気がして嬉しくなります」と話します。
高橋さんが粘土アートを始めたのは約20年前。それまで趣味で絵を描いていましたが何か物足りなさを感じる中、偶然見かけた粘土アートの花の美しさに心が動き、インターネットで調べて作り始めたといいます。「ちょうどその頃、我が家に代々伝わるお雛さまやお道具があちこち壊れていることに気付いて。これは粘土アートで直せるんじゃないかと思って修理することにしました」。足の取れた人形には樹脂粘土で足を作り、ボロボロの着物は似たような色の布に油絵の具で模様を描きました。粘土アート、絵画、裁縫などさまざまな知識と技術を掛け合わせ、1年がかりで修復したといいます。「お雛さまの修理をするうちに創意工夫する楽しさに目覚めてしまって。もっといろいろなものを作りたい、本物そっくりに作りたいと粘土アートにのめり込んでいきました」と話します。
その後、自宅の雛人形の修復を終えた高橋さんの元に、人づてに話を聞いた大迫町の「早池峰と賢治」の展示館から所蔵品修復の依頼が舞い込みます。「宮沢賢治が泊まっていた石川旅館のお雛さまを修理してほしいと館長さんからご連絡をいただいて。プロに習ったわけではないので自己流ですが、我が家のお雛さまを参考に挑戦しました」と高橋さん。当時の姿をよみがえらせようと、細部にわたり修復作業を行いました。完成した人形の姿を見て、命を吹き込んだような気持ちになり、達成感で胸がいっぱいになったと話します。
●心が動いた瞬間をそのままに作る
雛人形の修復を終えたことで、自然体でそのままの姿を粘土アートで再現したいと意欲的になった高橋さん。そんな高橋さんが最初に選んだテーマは道でよく見かける「木の実」でした。「どんぐりを見つけると無性に拾いたくなるんです。前世はリスだったのかもしれませんね」と笑います。以来、自然散策や日常の暮らしの中で偶然出会い、心が動いたものを樹脂粘土で再現。庭に咲く草花や自分で捕まえた昆虫など本物をじっくりと観察し、粘土で形を作り色付けします。「どうすれば目の前にある本物と瓜二つにできるか、それだけを考えて夢中で作っています。針の先でちょっと油絵の具を足しただけで色が変化するので、配色が一番難しいですね」と高橋さん。実物にある、自然に付いた傷や色が変化した部分など細部まで再現して作ります。「本物そっくりにこだわるのは、一番輝いている瞬間を作品に閉じ込めたいから。枯れることなく美しく咲き続ける粘土アートの花に囲まれていると、長い冬も明るく乗り越えることができます」と話します。
高橋さんの作品には今にも動き出しそうな昆虫も数多く、カイコやカブトムシなどの一生をテーマにした作品も。「キリギリスとバッタの区別もつかなかった私が虫を作り始めたのは、嫌われ者にスポットライトを当てたかったからなんです」と話します。虫に愛情を注ぐ高橋さんには珍しい題材を届けてくれる友人も多く、岩手には生息していない「クマゼミ」や毒グモ「タランチュラ」を題材にしたことも。さまざまな作品を手がけてきた高橋さんに、今一番作ってみたい題材をお聞きすると「キノコ」とのこと。「自宅の裏で雪の中に咲く真っ赤な花を見つけて、調べたら花ではなく『シロキツネノサカズキモドキ』というキノコだったんです。今年はキノコとの出会いを楽しみに山歩きをして、普段なかなか見る機会のない毒キノコも作ってみたい」と目を輝かせます。
自宅の玄関に本物と粘土アートの落花生を並べ来訪者に見てもらっている高橋さん。「どれが本物でしょうかと突然質問すると皆さんパッと笑顔になって、会話も生まれて楽しいでしょ」と嬉しそうに話します。題材との出会いや本物そっくりに作ること、そして作品を見た人の反応やコミュニケーションを楽しむ。「日常を楽しみたい」という気持ちが、高橋さんの人生を豊かに彩るエッセンスとなっています。