真心でつなぐ80年の歴史

真心でつなぐ80年の歴史

インタビュー
有限会社 美藤 代表取締役社長
柴田 容子 さん
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● 祖母の代から80年 老舗の暖簾を守る

 今年7月、仕出し料理の老舗「美藤(みふじ)」は創業80周年という節目を迎えます。始まりは戦時中、柴田 容子(しばた  ようこ)さんの祖母・てる子さんが、長野県から疎開して盛岡市内丸に開いた居酒屋「美藤」でした。

「南部富士とも呼ばれる岩手山の美しい眺めから、屋号を美藤と名付けたと聞いています」と話すのは、三代目で現社長の柴田容子さん。祖母との思い出を尋ねると「とにかく元気な人でした」と笑顔を見せます。「若い頃にお金がなくても、祖母にたくさん食べさせてもらったという話を年配のお客さまからよく聞きました」と、面倒見の良さと人柄に思いをはせます。

「創業当時は、神社で挙式をする方が多かったようで、近所の櫻山神社さまから婚礼用の料理の注文を受けていたと聞いています」と柴田さん。その後は、父・昭彦さんが盛岡市内で仕出し専門の「美藤」を引き継ぎ、本格的な仕出し店として再スタートを切りました。

 最初は家業を継ぐ気はなかったという柴田さん。東京で進学・就職した後、地元に戻って百貨店に勤務。お客さまがなぜその商品を欲しいと思うのか考えながら接客することが楽しくなり、自然と実家の仕事にも興味が湧いていったと話します。「美藤で働きたいと話した時、父は『ああそう』って素っ気ない感じでしたが、祖母はすごく喜んでくれました」と、百貨店を退職し25歳で「美藤」に入社。会場での配膳からお客さまとの接し方まで、先輩方の愛ある厳しい指導でマルチに成長し、2021年5月に代表取締役社長に就任しました。

●経験のない苦難を チャンスに変える

「父も高齢になり私がやるしかないと思い会社を継ぎましたが、コロナ禍で多人数の会食は一切なくなり、売り上げも減る一方でした」と、当時を振り返る柴田さん。先が見えない中、従業員の生活をどうやって守れば良いのか、誰にも相談できず夜も眠れなかったと話します。「毎日悩んでばかりいたある日、ふと思いました。予約を受けて料理を届けるというのは、うちがずっとやってきたこと。もしかしたら、これはピンチじゃなくてチャンスなんじゃないかと」と柴田さん。人が集まって食事をすることが否定された時代に、仕出し店として生き残るにはどうすべきか。柴田さんは調理長をはじめ、スタッフ全員と何度も話し合い、新たなニーズに応えるために、デリバリー対応の強化に踏み切ります。

 まず取り組んだのは、持ち帰り用の容器を使った新商品の開発でした。自宅での祝い事や法要など、コロナ禍でも本格的な和食が楽しめるようにと、「三段折弁当シリーズ」の販売をスタート。「スタッフの知恵を絞って生まれたこの商品は、おかげさまで発売から4年で50万食を超えるヒット商品になりました」と柴田さんは語ります。

 さらに、健康志向の高まりに応え、セカンドブランド「マナアップモリオカ」を立ち上げ、健康に配慮した普段使いのお弁当の販売を開始。同時に、コロナ関連の補助金を活用し、ホームページやECサイトも開設しました。「お客さまと直接お会いできなくても、地元の食材や特産品を使った体にやさしい食事を届けていることをしっかり発信し、ネット注文やカード決済にも対応できるように整えました」と語る柴田さん。時代に合わせた改革を次々と実行し、未曽有の危機を乗り越えました。

 80周年という節目を迎えた今、柴田さんは「祖母や父の代から美藤を支えてくださっているお客さま、そして調理長をはじめ、真摯な仕事をしてくれるスタッフに心から感謝しています」と話します。時間のある日は、朝早くから働いてくれるスタッフのために朝食を作ることも。「おいしそうに食べる姿を見ると、私の方が元気をもらっているんです」とやさしく微笑みます。父・昭彦さんが残した言葉「もてなす心に うまさを添えて」。この思いを体現するように、これからもお客さまに喜んでいただける仕事を続けていきたいと力を込めます。

 どんな時も前向きに、ひらめいたら即行動する柴田さんの元気の源は「ハワイアンフラ」。18年前から指導者としてスクールを主宰し、フラを通して人生を深く学べることが幸せだと話します。「異国の文化に触れたことで、日本の伝統をより深く理解し、大切にしたいという思いが強くなりました」と柴田さん。祖母と父から受け継いだもてなしの心と丁寧な仕事で、「美藤」の伝統をこれからも地域とともに未来へつないでいきます。

プロフィール

1973年、盛岡市生まれ。大学で社会学を専攻し、首都圏での勤務を経てUターン。盛岡市の百貨店で接客業の経験を積み、25歳で家業の有限会社美藤に入社、48歳で代表取締役社長に就任し現在に至る。また、ハワイアンフラスクール「レフアマモ・オ・アリィ・フラスタジオ」を主宰し指導者としても活躍。座右の銘は「行動だけが未来を切り開く」

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