● 全ての経験を集約し 今の経営に注ぎ込む
盛岡駅ビルフェザン、ホテルメトロポリタン盛岡など、ショッピングセンターとホテルの運営を通じ地域の活性化に貢献する盛岡ターミナルビル株式会社。初の女性社長として2023年5月に就任した松澤一美さんは、岩手の印象を「さまざまなノウハウを持った人材がいて、地元の人による自発的なイベントが次々と生まれて、他にはない不思議な魅力がある所ですね」と話します。
松澤さんは就職活動当時、さまざまな仕事を通して成長できるグループ経営の企業を探していました。そこで、民営化され、新たに鉄道以外の事業も開拓しようとしていたJR東日本への入社を決めました。「鉄道会社に就職したものの人材派遣会社設立や鉄道博物館の開館、そして駅型保育園の立ち上げといった新規事業開発や新業態開発ばかりやってきました」と松澤さん。本業の鉄道事業ではない分野で形成されている自分のキャリアに悩んだ時期もありました。しかし、あるとき「社内だけでなく、社外の人から評価される人になりなさい」という先輩のアドバイスが、視野を広げるきっかけになったといいます。
「2000年当初、少子化が進む中、女性の就業継続が難しく、『駅の近くに保育園があればいいのに』という女性社員の一言から駅型保育園事業が始まりました。共稼ぎや核家族が多くなる社会背景のもと、通勤経路に保育園を作っていくことで通勤時間の短縮につなげることができ、社会課題の解決に取り組めたことは幸せな経験でした」と松澤さん。軸足をどこに置くかによって物事の見え方が変わること、一人よりチームで取り組んだ方が大きな成果を得られること、職場環境が健全なほど成果が出やすいことなど、経営につながる多くの気付きを得ることができたと話します。
悩みながら積み重ねたキャリアの先に、駅ビルとホテル業の経営を任せられた時の心境をお聞きすると「やはりうれしかったですね。これまでの経験全てを投入して生かすことができますし、自分の望んだ場所に初めて配属された気分でした」と松澤さん。「異動の内命を受けてすぐ一人で盛岡に来てみました。ホテルのフロントで『お疲れさまでした』と優しい声で迎えられて、緊張もありホロっと感動したのを覚えています」と微笑みます。
●成長を実感できる 組織にしたい
「社員を幸せにしたい」という、松澤さんの熱い思いから、社長着任1年後に始まった「働きがい改革」。松澤さんは、「働きがい」は単に会社の制度や福利厚生だけでは生まれないと考えています。大切なのは、社員一人ひとりが持っている力や成長する力を、会社がしっかりと認めることだといいます。
そこで松澤さんが始めたのが、「現場の声」を一番に聞くこと。仕事は、誰かとの関わりの中でどんどん良くなっていくという考えのもと、立場や部署に関係なく、誰もが自分のアイデアを出せるように「横断プロジェクトチーム」を作りました。このチームでは、誰でも自由に企画でき、部署の壁を越えてアイデアを出し合い、課題解決に向けた取り組みを進めています。普段の仕事に加えて、このプロジェクトにも参加することで、さまざまな人と関わり、アイデアの幅が広がるとともに成長も加速しているそうです。
また「社員から学ぶことが多い」と話す松澤さんは、現場社員の発意による温度管理システムを導入しました。「厨房冷蔵庫の温度管理で根本的な省力化がなされ、ヒューマンエラーを排除したこの取り組みは素晴らしいと、保健所からも高い評価をいただきました」と、社員の成功をうれしそうに話します。「課題解決には、現場をよく知る社員の自由な発案が必要であるため、働きがいを実感できる職場環境を社員と一緒に作っていきたい」と話してくれました。
「着任してから、地域のシニアの先輩方からたくさんのことを学ばせていただきました。経営に必要な視点や物事への向き合い方など、多くの『教え』をいただいています。感謝の気持ちを込めて、私たちはどう地域に還元していくかを常に考えなければいけません。その恩返しのためにもホテルでは、家族の歴史を支え、誰かを大切に思う気持ちに寄り添った特別な時間と空間を提供したいですね」と松澤さん。駅ビルとホテルの強みを掛け合わせ、シニア世代も若い世代も楽しめる新たな試みに期待が膨らみます。