【内紛】奥州藤原氏の理想と現実

【内紛】奥州藤原氏の理想と現実

風のうわさ
風のうわさ イワテ奇談漂流

高橋政彦さん

 これが読まれる頃には例の大河ドラマは終わっている。史実をもとに、鎌倉幕府の正史とされる『吾妻鏡』でも曖昧な謎めく部分を独自解釈した物語はどんな結末となったのだろうか。

 ドラマを観ながら改めて驚かされたのは、権力掌握のためには手段を選ばないという往時の思考と行動力の凄まじさである。鎌倉幕府を継承するため、北条氏が御家人はもちろん血族すら亡き者にするのも辞さないという姿勢は、後の戦国時代を凌ぐような非情さだ。精神的に成長しきれていない頃の日本人。いや人間という生き物が本来持つ理性を排した姿がそれなのかもしれない。

 ドラマを観ながら終始重ね合わせ考えていたのは奥州藤原氏のことであった。当然、同じ時代のことであるから、中央権力と協調して和平を目指した印象がある藤原一族とて、現代とは違った価値観のもと、内部的な権力の継承やそれに伴う覇権争いが行われたのではないのか。我こそが奥州の頂点に立ち、いずれは天下取りにまで手を伸ばしたいと考える野望が渦巻いていて当然なのだ。

 奥州平泉は、藤原清衡公自らが経験して来た、前九年・後三年といった戦乱などない安寧の世を目指した国家である。しかも悲惨な戦で死んでいった者たち、味方も敵もなく、生きとし生けるものすべてを供養し、この世に浄土を表そうとした理想郷と伝わる。だが最後には、頼朝の圧力に屈して、4代泰衡は義経を容赦なく死へと追い込んで行く。さらにそれに不満をもった忠衡や通衡といった義経派の弟たちまで反意ありと見なして殺害している。国家存亡の難局を牽引し、乗り越えねばならない嫡男に対し、感情論だけで意義を唱える異母弟たちを危険分子と見て処分した行動は、危機を向かえた一国の長としては当然の行動かもしれない。しかし一族の長としてはいかがなものか。

 しかし、奥州藤原一族の異母兄弟たちによる内紛は、実はこの時だけではない。初代・清衡が亡くなった直後、いきなり跡目争いの内紛が起きている。父親の声高らかな平和宣言は、速攻で踏みにじられているのだ。その行為に出たのは二代目を勝ち取る基衡。この人物は正統な跡継ぎに位置づけられていないにも関わらず、異母兄で嫡男の惟常(これつね)を、その嫡男もろとも斬首して亡き者にしている。この内乱の背景には、安倍氏の娘を母に持つ基衡を担ぐ家臣団と、清原氏の娘を母に持つ惟常を担ぐ家臣団による権力闘争があるという。

 なにか観たばかりの大河ドラマと似た匂いがするではないか。つまり、そういう私利私欲が発端となって同族内とて火種が絶えない時代だったのだ。だからこそ苦労人の清衡公は、大きな理想をぶち上げたのだろうし、父・基衡の代の内紛を知った3代秀衡公は、その過去の経緯を反面教師として、命尽きるまでの30年間ほどを奥州平泉でもっとも安寧で荘厳な時代に固め上げようとしたのだろう。人間関係がとても脆弱な時代という現実がそこにあったからだ。そしてそんな危惧通り、秀衡公が病死した直後、安寧は脆くも破られ、奥州は落日に向かったのである。

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