【猫の霊力と信仰】吾輩は気まぐれな霊猫である

【猫の霊力と信仰】吾輩は気まぐれな霊猫である

風のうわさ
風のうわさ イワテ奇談漂流

高橋政彦さん

 慶長4年、南部信直公の葬儀中、突如として棺が空中に舞い上がった。さては魔物の仕業かと一門家臣は慌てふためいたが一向に収まらない。そこに呼ばれた浄法寺町・福蔵寺の若き住職・大突和尚。数珠を手に念仏を唱えると棺は静かに地面に戻り、ことなきを得た。和尚には信直の子・利直より寺領30石が与えられた。この奇跡へと導いたのは和尚が飼う老猫トラであったという。長年可愛がってもらったお礼に和尚に力を貸したのである。恩返しを果たしたトラはその後、行方不明となる。和尚は福蔵寺の鬼門にあたる地に猫塚を築いてトラの御霊を崇(あが)めた。

 これとよく似た話が気仙地方にも伝わっている。貧乏寺に虎猫と唐猫がそれぞれ1匹ずついた。ある時、長者の娘の葬式があり、式の途中で棺が宙づりになって降りてこなくなってしまった。寺の和尚がお経を唱えると棺は無事降下。猫たちの霊力の成せる術だった。結果、檀家が増え、寺は栄えた。しかしその頃、2匹の猫は和尚を殺す相談をする。事前に和尚はこれを知り、2匹の猫を追い払ってことなきを得た。

 猫が奇跡を起こす前半のくだりはよく似ているのに、話の落ちがまったく逆というのがとても不思議だ。どうして後者の猫たちは和尚を殺そうとしたのか。傲慢になった和尚に酷い仕打ちでもされたのか。

 和尚が飼い猫に命を狙われる話は水沢・増長寺にもある。和尚が寝ると猫はわらしべを咥えてきて、和尚の身長を測るような真似をしていたが、なぜか寺を飛び出したきり帰ってこなくなった。その後、寺の裏のやぶの中に大きな穴が見つかる。ちょうど和尚の体が隠れるぐらいの大きさだ。おそらく猫は和尚を殺し、その穴に埋めた後、和尚に化けて成りすまそうとしていたのだろう。そんな噂が広まった。猫とは油断ならないもの、隙を見せると悪さしてくる生き物として捉えられていたのだろうか。

 猫には、養蚕の守り神という一面もある。蚕を取るネズミ、そのネズミを獲る猫。そうした図式で、猫はネズミ避けのお守りとされてきた。陸前高田の猫淵神社のお堂の中には2体の猫像が鎮座するという。また堂内には無数の猫絵馬が奉納され、信仰のあつさが窺い知れる。ネズミ避けの猫が育たない家では、この猫淵様の堂内から猫絵馬を1枚借りて帰り、祈りを捧げ、うまいこと猫が育った後は、借りてきた猫絵馬に新しい猫絵馬を1枚添えてお礼参りをするのが習わしだという。

 良くも悪くも猫は何かしらの思惑を心に忍ばせて人間のそばにいる。そんな気配は昔話にとどまらないのではないか。遠野郷八幡宮の中に猫神社があると聞き、出かけてみた。御祭神はオトラサマ。直接的に養蚕の守り神ではなく、平成になってから祀られたものらしい。この神社周辺に頻繁に出没するトラ猫の姿を収めた写真集「社務ねこオトラ」で人気が出始め、この神社ができたそうだ。これもまた現代版猫の霊力の成せる術といえるのではないだろうか。

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