笑顔を守る防犯隊

笑顔を守る防犯隊

インタビュー
岩手県防犯隊長連絡協議会 会長 盛岡市防犯隊 総隊長 中村 正蔵さん
岩手県防犯隊長連絡協議会 会長 盛岡市防犯隊 総隊長
中村 正蔵さん
(74)

● 盛岡市防犯隊への入隊

 令和2年、結成50周年を迎えた「盛岡市防犯隊」。盛岡市内で防犯活動に取り組む都南地区隊、東地区隊、西地区隊の3隊が一体となり「盛岡市防犯隊」が結成されました。総隊長の中村正蔵さんは盛岡市防犯隊の前身となる飯岡地区防犯隊の立ち上げから所属し、57年間地域のために防犯活動を行ってきました。

 仕事の関係で駐在所とつながりがあった中村さんに、地元の防犯隊立ち上げの話が舞い込んできたのは高校卒業後に就職した農協で働き始めた頃でした。「18歳くらいのときに飯岡地区の防犯隊が結成され、駐在さんに声をかけてもらい一期生として入隊しました」と振り返ります。入隊後は住民に防犯を呼びかける広報活動や祭事・行事の警備活動、地域の防犯対策の活動などを熱心に行います。

● 防犯活動57年の原点

 中村さんは家業を継ぐため盛岡農業高等学校へ進学。卒業後、農家を継ぎますが父親を早くに亡くしたこともあり、家族を支えるため農協に就職します。「40年間、共済担当で交通事故の事務処理をしてきました。事故が起きると現状把握のため必ず現場に行きました」と現場に向かう頻度は多かったと言います。「両者に和解してもらうのが大変で、お互いにどこかを妥協してもらい納得できる答えを探しました。1カ月ほどで終わることもあれば長いと1、2年かかりました。死亡事故を扱うことも多く、『お父さんを返して』や『夫を返して』という家族の一言が一番堪えました」と数々の事故現場で悲痛な声を聞いてきた中村さん。事故で悲しむ人を減らしたいと所属していた防犯隊の活動に、より一層力を入れるようになります。

 入隊して数年後、みちのく国体の開催に合わせ大会警備のために3地区合同の防犯隊「盛岡市防犯隊」が結成されることに。大勢の人が集まるなか警備に尽力する防犯隊のおかげで何事もなく無事に閉会を迎えます。国体終了後も存続し活動を続けることになった盛岡市防犯隊。翌年、全日空機衝突事故が起こり、急遽現場に呼ばれます。「砂利道が人の形に凹んでいて衝撃の強さに驚きました。捜索活動で暗い林の中に入って行ったのですが、あの時の怖さは忘れられません。二度と大勢の人が亡くなるような事故は起きないでほしいと思いました」と日本中に衝撃を与えた事故はたくさんの人に深い傷跡を残しました。

● 一番の防犯対策は一人ひとりの心がけ

 現在、盛岡市防犯隊の主な活動は季節ごとに行う広報車での呼びかけやチラシを配る広報活動、駅前に置いてある自転車の鍵かけ点検や警察と連携し地域で行われる行事の警備活動など。「地道な活動だけど、一人ひとりの心がけが一番の防犯対策だと思い、呼びかけています。広報活動中に声をかけてもらうこともあり、顔を合わせる地域密着な活動によって関心を寄せてもらい、皆さんの意識が変わっていくのを感じます」と中村さん。過去の経験から今も地元で犯罪や事故を出したくないと強く思い活動しています。「盛岡市は犯罪や事故が少ない地域だと思うが、最近は詐欺の話が多く広報紙で注意を呼びかけています。自宅の鍵かけや詐欺の注意など皆さんの防犯への意識が高まれば地域全体で安心できるまちづくりが可能だと思っています」と熱く語ります。安心して笑顔で過ごせるまちがあるのは、総隊長である中村さんの"事故や犯罪で生まれる悲しい声をなくしたい"という思いが盛岡市防犯隊に強く根付いているからでしょう。

展勝地さくら染めタオルハンカチ
展勝地さくら染めタオルハンカチ

経済産業大臣賞を受賞した「展勝地さくら染めタオルハンカチ」。染色されない特殊な糸で刺繍されているので桜の花が浮き出ているようで美しい

プロフィール

1947年生まれ、盛岡市出身。盛岡農業高等学校を卒業後、農協に就職し共済の業務を担当。盛岡市防犯隊の前身となる飯岡地区防犯隊の第一期生として入隊し地域の防犯活動に務める。消防団にも所属し、現在は顧問として消防団の活動を見守る

この記事をシェアする

Facebook
Twitter
インタビュー こうや呉服店 代表 高屋 一成 さん、高屋 裕美子 さん
生き方

おかげさまで100周年

岩手医科大学附属 内丸メディカルセンター センター長 救急・災害・総合医学講座 総合診療医学分野 教授 下沖 収さん
生き方

地域と共に歩む医療

インタビュー いわて平庭高原闘牛会 副会長 柿木 敏由貴 さん
岩手の人

牛が運ぶ人とのつながり