【狼談義1】コハチ森伝承から ロマンを探る

【狼談義1】コハチ森伝承から ロマンを探る

風のうわさ
風のうわさ イワテ奇談漂流

高橋政彦さん

 その昔、旧沢内村の貝沢集落に、三河の国から落ち延びてきた佐竹氏の館があった。その館から南へ少しばかり離れた所にこんもりした森があった。頂上には松の木が生えており、耳が立ったとても大きい犬が一匹、番犬としてつながれていた。犬の名はコハチ。森の上からコハチは見張りをし、遠くに人の姿を見つけると大声で吠え、館へと知らせる。コハチの吠える声は地響きがするほどで、その声で館の侍たちはただちに警戒に当たることができた。「声といい、見た目といい、きっとコハチは狼に違いない」そう噂されていた。やがて老衰のため死んでしまったコハチはその松の根元に葬られた。それからその森は「コハチ森」と呼ばれるようになった…。『沢内の民話』で見つけた話である。

 舞台となっている貝沢地区は、盛岡方面から行けば山伏峠にあるトンネルを出てすぐの集落だ。かつて私は、この同じ山伏峠の沢内村側の森の中(旧 山伏隧道(ずいどう)そば)で不思議な野生動物を見たことがある。犬のようだが狐のようでもあるその動物は、私の視線に気づくや否や長く太い尾を丸め、飛ぶように森の奥に駆け込んで消えた。唖然として見送りながら、私は直感的にニホンオオカミの末裔ではなかったかと思ったのをよく覚えている(その時のことはかつてこのコラムにも書いた)。

 だが、岩手におけるニホンオオカミは明治20年代には絶滅したと公的な資料にまとめられている。「遠野物語」には昭和初期までニホンオオカミらしきものが目撃された話が載っているが、いずれにしても絶滅と言われてから少なく見積もっても100年経っている今の時代に、私の目撃談は妄想、見間違い、世迷言と言われても仕方ない。

 しかし…しかしである。それでも私が言いたいのは、私が目撃した謎の野生動物がニホンオオカミの子孫であったかどうかの真相を明らかにしたいというより、それを見た同じ場所に、かつて「狼に違いないと噂された動物がいた」という逸話があったこと、その関連性から生まれるロマンにある。たとえ偶然でしかなかったとしても、そこに生まれたロマンをスルーすることはできない。

 ふと、今も県内にどれだけ「狼が付く地名」があるのか気になった。それもロマンを深める手立てに思えたからだ。早速調べてみると思っていた以上に存在している。現在の自治体で区分すると、盛岡市、滝沢市、一戸町に1カ所ずつ。花巻市と雫石町に2カ所ずつ、一関市と奥州市に3カ所ずつ、そして二戸市には計4カ所、合計するとなんと17カ所の狼地名がある。それらの地名に、かつて狼が棲んでいたのかはわからない。だが名付けた住民と狼の間には何かしらの深い縁や因縁があり、地名はそれを証明しているのかもしれない。

 次回はそんな狼地名により深く迫りつつ妄想を楽しんでみたい。

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