● 天文学へ導いた幼少期の星への憧れ
奥州市にある「国立天文台 水沢VLBI観測所」。1899年に世界に6カ所設けられた国際緯度観測事業の観測所を起源とする、歴史ある観測所です。「宇宙の始まりに、ブラックホール。国立天文台は宇宙のさまざまな謎を解き明かすための研究機関です。水沢では、電波望遠鏡を組み合わせて使うVLBIという技術で、ブラックホールの解明や天の川銀河の地図を作る研究をしています」と所長の本間希樹さん。今年9月には日本、韓国、中国の国際研究グループがブラックホールが自転していることを突き止め大きな話題となりました。研究グループには水沢VLBI観測所の研究者も含まれ、水沢の電波望遠鏡と天文学専用スーパーコンピューター「アテルイⅡ」も貢献。「世界中の研究者が協力しながら10年、20年と時間をかけて宇宙の謎解きに挑んでいます」と話します。
本間さんが宇宙に興味を持ち始めたのは小学生の頃。「星が好きで図鑑や天体写真を見てすごいなと惹きつけられましたね。小学4年生の時、親に頼んで天体望遠鏡を買ってもらって、月のクレーターがきれいに見えたのを覚えています」。しかし、中学・高校では宇宙よりもサッカーやファミコンに熱中し、星空を見上げることもなくなっていました。「将来のことは何も決めずにとりあえず東大の理科一類に進学し、3年で専攻学科を決める時に研究も面白そうだなと理学部天文学科を選びました。多分、子どもの頃に宇宙に憧れた思いが残っていたんでしょうね。その天文学科に物すごく研究を楽しんでやる祖父江義明(そふえよしあき)教授がいて。いつもイキイキしていて、僕もここで研究したいと思い、大学院に残ることにしました」と学問のみならず、あらゆることをポジティブに楽しむ人生観を教わったとか。電波天文学が専門の祖父江教授のもとで学んだ経験が、本間さんを電波望遠鏡を使った研究へ、そして水沢へと導きました。
● 地域の人々に愛される天文台
水沢VLBI観測所に赴任して今年で9年目になる本間さん。「岩手に来て最初に感動したのは、四季の移ろいが目に見えて分かること。都会では一年中ビルの色は変わらないけど、田んぼが1月には真っ白になって、水を張って透明になって、緑から黄色ときれいに変化していくでしょ。岩手は自然が豊かですごく気に入りました。それに人が温かい。何度も助けていただきましたよ」と地域にはいろいろな協力をもらったと続けます。本間さんが日本チームの代表を務める「イベント・ホライズン・テレスコープ」が、2019年にブラックホールの可視化に成功した際には、水沢菓子組合がブラックホールをイメージした創作菓子を作り、世紀の大発見を町を挙げて盛り上げてくれました。
「その翌年ですね、予算が半減して電波望遠鏡を止めなければならなくなりました。運営自体が難しいと考える中、地元の方が署名活動をしてくれたんです。クラウドファンディングもさせていただきましたが、東京に次いで2番目に多かったのは岩手の方からの支援でした。おかげで望遠鏡も止めずに、運営することができました。今も何とか予算を確保できており、いくら感謝してもし足りないです」と本間さん。地域に愛され、大切に守られてきた観測所だということに改めて気付かされたといいます。
「僕の人生の中で、2019年のブラックホールの可視化と今年のブラックホールの自転は特別な成果です。この天文台の成果を、ずっと応援していただいている水沢から発信できたことが嬉しいです」と本間さん。「次は、ブラックホールの周りで何が起きているのか、ガスやジェットなどの動きが手にとるように見えるよう研究を進めたいです」とのこと。世界に胸を張って発信できる成果を出し続けることで、地域が盛り上がり、子どもたちが宇宙に興味を持つきっかけになれば嬉しいと話します。
宇宙と出会い、情熱を持って一生続けたいと思える仕事に就くことができて幸せだと話す本間さん。好奇心を持つことは、人生を豊かにするきっかけになります。見るものすべてに興味を持った幼き日を思い出して、時間を忘れて没頭できる何かを探してみませんか。