● 薬剤師の視点で岩手の環境を見守る
「コップの中の水が本当に安全なのか、知りたくないですか」と話すのは、今年50周年を迎えた岩手県薬剤師会検査センター理事長の嶋弘一さん。検査センターでは、水道水や井戸水、大気など岩手の環境を分析し、安全な飲料水や食品が県民に届けられるようチェックする役割を担っています。
「医師だった父の姿を見て育ったので、将来は医療系に進もうと思っていた」という嶋さん。子どもの頃に、隣近所で赤痢が発生したことが記憶に深く刻まれていると話します。「まだ水道が普及していない時代。共同井戸から赤痢が広がり、友だちが何人も隔離病棟に入院し、辛かった」と嶋さん。家族は沢水を使っていたため感染はしませんでしたが、この時に水への恐怖心や安全性への疑いが芽生えたのだろうと話します。
当時の思いを胸に、嶋さんは薬科大学に入学します。大学では薬の効き方や分析に特に興味があったという嶋さん。薬理作用を調べる薬物部に所属し、大学3年生の夏休みには岩手県の公害センターでアルバイトをします。「四十四田ダム下流の堆積物(たいせきぶつ)の分析を手伝ったのですが、初めての経験ばかりで、とにかく楽しかったです」。この経験が、嶋さんを分析の道へと進めます。
大学卒業後は、分析ができる職場へと、県職員として遠野保健所に就職。「楽しみに入ったのですが、最初から大変でした。新採用職員の研修中に、なんと、遠野で伝染病が発生したんです。研修を途中でぬけて感染者のサンプル(便)を持って衛生研究所(現・岩手県環境保健センター)に走りました。必死で検査方法を教えてもらいながら検査した当時のことは忘れられません」。社会人になって15日目に担当したこの調査が、これまでで最も苦労した経験だったと話します。
● ボーイスカウトで心のリフレッシュ
幼少期を過ごした二戸では、産業廃棄物の大量不法投棄による土壌汚染の分析。東日本大震災では、海上保安庁の潜水業務のための、海中の有害物調査に追われました。「好きな仕事も状況によっては苦役になります。仕事だけだったらここまで続かなかっただろうなと思います」と嶋さん。
嶋さんのモチベーションを保っていたのは、ボーイスカウトがあったからと話します。「出会ったのは、小学5年生で、入団した時の、活動は今でも覚えています。折爪岳のキャンプでは大雨でテントに水が入り、雷鳴と稲光に大騒ぎでした」。当時は、引っ越しで退団しましたが、さまざまな体験をさせたいと長男を連れて再び入団。活動を手伝ううちに気づいたら指導者となり、今日まで30年以上活動を続けてきました。
「子どもたちの歓声が励みになります」と嶋さん。得意な木工でブランコや吊り橋を作り、子どもたちを笑顔に変えていきます。指導者同士の会話も、仕事の一助になっているとか。「子どもたちと一緒に体を動かし、気の合う仲間がいてリフレッシュできるボーイスカウトは第二の自分の場所です。子どもたちの喜ぶ姿も、私の原動力です。これからも元気に続けたい」と笑います。
嶋さんには現在、気がかりなことがあるといいます。「PFOS、PFOAという有害の有機フッ素化合物が、沖縄や大阪などの水道水から検出されています」。現在は製造・使用が規制されていますが、静電気防止剤や消火剤に使われていた化学物質です。「岩手県では影響がでる量は検出されていないそうですが、水道からコップに注いだ水を安心して飲むことができるよう、今後も職務を通して岩手の環境を見守り続けたいです」。分析を通して嶋さんは岩手を見守ります。