【貞任山(さだとうやま) 884m】千年を経て なお

【貞任山(さだとうやま) 884m】千年を経て なお

ほくほくトレッキング
阿部陽子のほくほくトレッキング
(公社)日本山岳会岩手支部 支部長 阿部陽子さん

 貞任山は、遠野市と住田町にまたがる住田牧場の最高点884mの丘である。4㎞西の種山ヶ原に似た準平原がたおやかにつながっていく。森も野も光りを浴び、芳しい(かんばしい)初夏を謳歌している。貞任山一帯は小動物の別天地なのだろう。噴霧器で散布したように草原がフン、フン、糞だらけだ。シカかな?それともウサギ?牧草の肥料として申し分ない量だし、いちいち避けて歩くわけにもいかなかった。

 ある日のこと、巨大ウサギの縫いぐるみが萱(かや)草から飛びだした。追いつめるは大勢の若人たち。聞けば100年ほど前から続く遠野高校伝統行事のウサギ狩りの準備という。食糧難時代には良きタンパク源として捕獲されたり、畑を荒らす厄介者だったりと、ウサギのありようは悩ましい。

「貞任山」は、前九年の合戦で敗死した安倍貞任(1019〜1062)を信仰する伝説の山である。私が知るかぎり遠野・住田のほか遠野・釜石の境にある二山だが、宮城県気仙沼市と南三陸町の境にも359mの貞任山があった。奥州藤原氏の信仰あつき霊場「田束山(たつがねさん)」で、秀衡は南3kmに安倍一族の長だった貞任を重ね、とわの崇拝を誓ったに違いない。

 薫風さわやかなツツジの季節、数年ぶりに貞任山を訪れた。県道238号蕨峠(わらびとうげ)の手前を500m直進したところで駐車して砂利の林道を登っていく。住田へ抜ける作業道は、雨で荒れ始めていたが、トラクターのわだちも土塁もまだしっかりして迷うことはない。798mの分岐に上がると威風堂々の物見山が北に、男火山(おんびやま)と女火山(めんびやま)が南に現われる。萱の生えた古い作業道をぬけ、草地をたどり鞍部を経由して貞任山を目指す。山頂で二等三角点が待っている。

 男火も女火もある素晴らしい風景だ。1000年前に馬で跋渉(ばっしょう)したであろう平原に、安倍貞任その人が涼やかな緑風となって、今もいた。

貞任山
右手798m点から古い作業道と草地とを拾いうねりながら進む。左の大きな丘が貞任山だ

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