【怪魚奇談】巨大魚の正体見たり

【怪魚奇談】巨大魚の正体見たり

風のうわさ
風のうわさ イワテ奇談漂流

高橋政彦さん

 山形県の大鳥池にはタキタロウ伝説がある。タキタロウというのは体長3メートルにも及ぶという巨大魚で、古い文献や伝承が残るだけではなく近年でも目撃者があると聞く。巨大化したイワナ、あるいはこの池では絶滅したというイトウの残党がその正体ではないかとの説がある。

 深い山中の沼に巨大魚が棲むという目撃談が岩手にもあることを知ったのは平成14年だった。

 事の発端はクニマス探検であった。クニマスとは田沢湖の固有魚として知られてきたわけだが、昭和初期、ダム建設に伴って湖に流入した強酸性水により絶滅していた。この魚が実は今もどこかに生息しているのではと話題になっていた時期があったのだ。古文書を調べる中で、岩手の山奥の、とある大きな沼にも可能性があると知り、「謎学」仲間たちと沼について下調べしていた。その時、謎めく沼の畔(ほとり)に続く登山道から、眼下の水面に巨大な魚影を見たという登山者が何人もいる話を知ったのである(クニマスは平成22年、山梨県西湖で生息確認された)。

「アナコンダのように長かった」とか「マンタのように平べったかった」など目撃談はさまざま。変幻自在の新生物を思わせる魚影は、いずれにせよ規格外に大きいという。大いに期待した我ら取材チームは、険しい山をよじ登ってその沼に向かったのである。

 現地では、岸から遠投しての釣りだけではなく、ゴムボートを使い、沼を縦横無尽に動いてルアーを投げ込んだ。良型のイワナが小気味よく釣れる他、かつて山仕事をする人たちが食糧用にこの孤高の沼に運び込んだというコイやキンブナが目撃できた。

 そんな中、ルアーロッドを弓なりにする50センチ近い大イワナが釣れたことによって、私は「あれ? もしや」という思いになっていた。これだけ大型の肉食魚は、小型の水棲生物たちにとって天敵ということになる。大きなコイはさておいて、キンブナなどの小さめな群れる魚たちは身を守るために「ある行動」を取る習性がある。 「巨大魚、現る!!」。やがてゴムボートの先端に立ってロッドを振っていた仲間の一人が叫んだ。私も中腰になって指し示す方向を見ると、水面にピチピチと飛沫を上げながら蠢(うごめ)く巨大な魚影が確認できた。観察していると、それは六畳間ほどの絨毯のように広がっているかと思えば、次の瞬間には長さ5メートルにも及ぶ帯のように長く伸びたり、うねうねと身を捩(よじ)ったりしている。

 巨大魚の正体見たり!! それは濃密に群れ、常に動き回るキンブナであった。まさに海におけるイワシなどのベイトボール、絵本「スイミー」のあれである。

 私の「もしや」はひとまず当たっていたようだ。

 もちろん100パーセント正解とは言い切れないのが自然浪漫。これとは別に、本当に見たこともない巨大魚が潜んでいないとも限らない。山奥の沼が醸す怪しい気配が「人間如きに簡単にわかってたまるか」とほくそ笑んでいる気がした。

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