西の和賀岳に対峙する高下岳は、実り豊かな広葉樹の森である。1300m級の峰々を連ねた「和賀岳自然環境保全地域」の一画をになう。動物が好むブナやドングリ・クルミがわんさとなる秋、クマは冬に備えて脂肪の多い実を存分に喰う。いや、喰わねば厳冬の季節を越せないのだ。
南北に長い稜線の南端に位置する高下岳は、東西に二本の深い渓谷をもつ。西へ流下した一滴が和賀川の源流となり、東斜面より高下川を成して渓相を変え、和賀川に合流して北上川に注ぐ。

今年のブナの森はいつもと違い、実りがからっきしダメだった。クマのことを「山親父」というそうだが、普段なら人の気配を感知して茂みに潜み、人を避けることが多かったように思う。一方、登山者はクマ鈴や笛を鳴らし、木をたたきオシャベリして「人が居るよ」と合図を凝らした。心配なのは空腹のクマ。いつになく攻撃的にならなければいいのだが…。
山仲間三人で高下岳の高畑コースを往復した。登山道が幅広くスッキリ刈られているので雨もさほど苦にならない。稜線にあがると雨は止み、和賀山塊がまるごとパーッと開けた。霧が風に舞い、山肌に陽が射し、色付いた葉が鮮やかに輝く。それはちっぽけな自分が、赤い大自然に包みこまれた瞬間であった。高畑コースは5㎞を2時間30分かけて賑々しく登る。
縦走する場合は、貝沢集落よりスタートして沢尻岳・大荒沢岳・根菅岳・高下岳を経由して高畑登山口へ下ればよい。進行方向に和賀岳を見すえ、ときどき振りかえり谷をのぞく。15㎞の縦走路を8時間かけ、極上の紅葉トレッキングが味わえよう。
だが、黄や赤、橙や茶の華やぎは足早に過ぎ去り、瞬くまに白銀の世界へと変貌する。ドラマチックな紅葉は、高下岳の真骨頂だろう。





