年中行事というものは土地ごとに風習や作法が違うのに、同じ時期、自分たちのことで精一杯で、よそがどうなっているのかよく知らない。正月の行事や食文化を考えるとそれがよくわかるし、先日終えたお盆行事にしてもそうだ。
例えば「迎え火」。祖霊をお迎えするため、各家で火を焚くという行為は同じでも、その作法の詳細な部分はまちまちだ。私の家ではこうしていますとたまたま聞いてそこで初めて驚かされる。
私の故郷・宮古市では、油の乗った松の根や松の木を家々の玄関前などで燃やす。これを「松明かし」と呼び、8月の1日、7日、13から16日、20日、31日の計8日間行う。松明かしには花火が付き物で、宮古の子どもたちにとって花火は松明かしの日のみの楽しみと決められている。さらに盆中の14から16日の早朝から午前に行われる墓参りの時も松明かしと花火をする。宮古の墓地の多くは町場には遠くないものの、鬱蒼(うっそう)とした山中にあるため、火の気をもって藪蚊避けも行っているのだ。
鉈屋町界隈の篝火(かがりび)の風習が有名な盛岡だが、一般的な迎え火・送り火を見ると、季節になれば朝市や八百屋に並ぶ白樺の皮を材料にしているのがわかる。この樺を燃やす樺火とともに、麻の皮を剥いだ幹の部分、いわゆる「おがら」を燃やす場所もあるらしい。いずれも焚くのは家で大切な場所、玄関や外のトイレ前、井戸がある家はその前でも盆中は毎日焚くという。
遠野の50代友人に聞いたら、遠野では「まつび」というものを大工町通りや穀町、一日市など中心部でやっているらしい。何を燃やしているかわからないと言っていたが呼び名から考えると松だろう。彼女の義母は宮守達曽部出身らしく、そこでは小麦殻を燃やすという。また遠野といえば宮古と並んで墓地で花火をすることで有名だが、聞いてみると青笹地区のことではないかと言っていた。
一戸町出身の50代知人から聞いた。一戸地方も松の根を燃やしての迎え火、送り火を松明かしと呼んだという。家の前ではもちろん、古い道しか知らない祖霊が迷わないようにと敷地に入る旧道側の路地でも焚くそうだ。井戸でも松を焚くらしいが、これも祖霊のため。迷わず水を飲めるようにだ。
以下は、友人知人から教えてもらった話。山田町、田野畑村、葛巻町、野田村でも松を燃やす。県外だが同様に青森県三沢市あたりも松を焚くという。南部藩領が松明かしの分布に関係するのか。
宮城との県境の花泉ではおがらを燃やすというし、大船渡市盛町はおがらの先端を赤く色づけしたラッチョク(ろうそく)を使うという解説が「県立博物館だより」に出ている。
広い岩手、迎え火や送り火の燃料一つ話題にしてもこれだけ深く面白い。さて、あなたの故郷のお盆では何を燃やしていますか。