哀愁にみちた名の「宇霊羅山」は、龍泉洞で知られる石灰岩塊の山である。アイヌ語で「靄(もや)や霞(かすみ)のかかる山」という意味だ。ず〜っと昔、地中から七日七晩グゥゴオーと鳴く大音響あり。最後には、岩を割って巨大な龍蛇が飛びだした。龍が抜けた跡はそのまま洞になり、泉がこんこんと湧きだしたので「龍泉洞」と名付けられた。
夕暮れの街角で、登山愛好家の三上さんと立ち話をした。聞くところによると「岩泉町の震災復興に携わった三年間は、毎週1回の割合で明け方に登り、下山後に出勤。四季の巡りを実感し、山の変化を手に取るように見た165回でした」と、幸せそうにほほ笑んだ。盛岡に戻った今も、月に1回は訪れているというから、その惚れこみようは半端じゃない。
「他の山とは違う」「街にあれほど近い山は知らない」。三上さんは、宇霊羅山と一体化した人の営みについて力説した。「春にはササバギンランやオケラが咲き、赤松や抗酸化作用のカシワの木が育つ。水がまずいわけがない」。
和山林道金山線の「宇霊羅山登山口」からスタートし、ロープを設置した急坂を登りつめて分岐点まで上がる。直進すればフナクボコース、岩稜の尾根コースではワシの眼(まなこ)で家々を見おろし、横上段から絶壁を覗いて手に汗握る。
さらに北西へ1500m、馬ノ背から楢の木を経由して音床山(おんどこやま)(716m)まで足をのばす。ヤブだった音床平は近年、岩泉の地域振興協議会によって整備され、心地よい森の小路(こみち)に一変した。
雲を呼び、天に昇った龍神は誘う—オンドコ、来いこいカルストの森へ。