これまでアスリート不毛の地といわれていた岩手に、どうして急に大谷翔平や佐々木朗希のような怪物級のアスリートが出現し始めたのか。そうした疑問が数年前から囁かれている。有識者やメディアに言わせると、優れた身体能力の発揮できるのは縄文人の遺伝子を受け継いでいるから。あるいは厳しい自然条件で育まれた我慢強さが岩手人の県民性にあるから。そんなふうな仮説をさまざま書き連ねているのを見る。だが、どうだろう。どれも納得できる答えにはなっていないように思う。
そこで今回は私も仮説を考えてみることにした。まず言ってしまうが、私説のポイントは「精神的に大きな二つの出来事が作用している」ということである。いうまでもなく本人の並々ならぬ努力あって、の作用であるが。
私が考える第一の精神的作用は「菊池雄星の出現」である。菊池雄星の登場は岩手県民にとって衝撃であり待望だった。そして彼らのチームは全国トップ水準を証明し、岩手に巨大な勇気と感動を与えた。
この活躍は大いなる努力が実を結んだ結果ではあることはもちろんだが、優れたメンバーによるチーム編成、勝ち上がっていけるクジ運の良さもあっただろう。だが、そうした偶然すら味方につけ、素晴らしい結果を残してくれた。彼らの躍動は次なる世代の球児たちの意識改革に役立った。指導者や応援する県民すべての意識も変えたはずである。
こうした下地が整った中、あの東日本大震災が起きてしまう。決して喜ばしくないこの未曾有(みぞう)の事態だが、これこそが私が考える二つ目の精神的作用である。
多感な青少年期に故郷を襲った大災害は、環境を否応なしに変化させ、家族や友人知人、地域コミュニティーの苦境を目の当たりにさせた。その中で、それまでも取り組んでいたスポーツへの向き合い方や考え方をプラスに変貌させたのではないか。意識的にか無意識にかはわからないが、この大変革がおのずと強靭な精神力を育み、超一流アスリートたちをみるみる萌芽(ほうが)させていった。
2011年の震災時、大谷は17歳、朗希は10歳の少年である。そもそも持つ純粋さもプラス効果となって、彼らの才能・能力は一気に開花する。これをさらに後押ししたのが全国レベルで戦えることをすでに実証している雄星たちの実績と「やればできる」というメッセージだった…。
調べてみると、阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件の1995年、平成の怪物・松坂大輔は15歳だった。荒川静香、北島康介、吉田沙保里たちも同時期に多感な年齢だったのは偶然ではあるまい。再び東日本大震災世代に目を向けると、羽生結弦も大谷と同じ17歳。小林陵侑は15歳、岩渕麗楽は朗希と同い歳で震災を経験した。これ以上書かなくても、言いたいことはわかってもらえるだろう。
このタカハシ説、岩手県民なら頷けてしまう仮説ではなかろうか。そして改めて雄星にこそ奇跡の先達として拍手をおくりたい、そう私は強く思うのである。