【片羽山(かたばやま)1313.2m】俵屋宗達の風神が通る

【片羽山(かたばやま)1313.2m】俵屋宗達の風神が通る

ほくほくトレッキング
阿部陽子のほくほくトレッキング
(公社)日本山岳会岩手支部 支部長 阿部陽子さん

 釜石に、俵屋宗達(たわらやそうたつ)の風神(ふうじん)がとおる絶景の頂がある。片羽、もしくは片葉と書く「片羽山」だ。連なる二つの峰にそれぞれ雄岳と雌岳(1291m)と名付けた。両羽で飛翔する鳥や、芽吹きの双葉にたとえたことで、双耳峰とは言い難いこの山のユニークな山容を表す。

 片羽山と言えば「鉄」を連想する。片羽山の南西十キロ四方にわたる谷あいに、青ノ木坑・佐比内坑・新山坑などが点在。良質な鉄鉱石や銅鉱石を採掘して、橋野鉄鉱山の高炉内へ運んで銑鉄(せんてつ)とした。スティック状に成形した銑鉄は、牛車で曲がりくねった狭い山道をくだり、両石湾まで運ばれたという。最盛期には1,000人が働いた。人々は行路を「鉄の道」と呼んだ。明治から昭和にかけて鉄の需要を担った橋野鉄鉱山高炉跡は、2015年に世界遺産となった。

 片羽山には北の雄岳ルートを登る。遠野市から県道35号の笛吹峠を越え、看板「片羽山登山口」を右折すれば、広い駐車場に着く。廃屋の横から能舟木(よいふなき)へ通ずる砂利道を200m進むと登山口だ。立派な大鳥居をくぐって、木漏れ日の射す歩きやすい参道を南進するが、六合目あたりから狭くて急な坂道になる。森林限界の九合目で一気に視界が開け、2時間30分で山頂に立つ。

 見晴らし抜群だが、西風に足元をすくわれ、じっくり風景を眺めるヒマがない。しがみつく木もなければ草もない。

「あっ、釜石大観音が見える」と誰かが叫んだ。見渡せば、太平洋の大海原と大地と風の空—、大パノラマのど真ん中で、強風に抗う自分を感じるだけだ。いつもそそくさと下ってしまうけど「ちょっと待って風神様、その絶景を心ゆくまで見せて」と思う。

 雌岳に登山道はない。地図上の点線は鉱山終業後に廃道と化した。登る場合は雪が安定する残雪期、雄岳山頂から往復2時間強かかる。

片羽山
笛吹峠から残照に輝く片羽山を望む。雄岳の稜線の右奥に雌岳が寄り添う。釜石鉱山を支えた堂々の風格である

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